(んーーー……良く寝たなぁ)
翌朝修也はいつもの時間に目が覚め、またいつもの時間に動き出した。
生活リズムはいつもと変わらないのだが、不思議と気持ちが軽い。
恐らく引っ越してきてからずっと色々なことに悩まされてきていたが、それがすべて解決したから重荷が無くなったからだろう。
「さて、さっさと着替えて朝食だな」
いつもと同じならもう紅音が朝食を作ってくれているだろう。
今日は日曜日なので制服ではなく私服を修也は取り出す。
「…………あ、今日はこれも着けとくか」
そう言って修也は自分の机の中に入れておいたものを取り出し手に取る。
こんこん
『修也さーん、起きてますかー?』
それと同時に扉がノックされ、部屋の外から蒼芽の声が聞こえてきた。
「あぁ、起きてるぞ。今行く」
修也はその声に応え、部屋の扉を開けた。
「おはようございます、修也さん」
「おはよう蒼芽ちゃん。日曜なのに早いな」
「だって今日は修也さんとのデートの日ですからね。早起きしないわけにはいきませんよ」
そう言う蒼芽の表情とから、本当に修也とのデートを楽しみにしていたという気持ちが窺える。
「それじゃあ毎週末デートを入れれば蒼芽ちゃんはずっと早起きに……?」
「あ、それも良いですね! 早速来週からやってみますか?」
「いや流石にそれは体に負担かかるんじゃね? 1回2回だけならともかく」
何の気は無しに呟いた言葉に普通に乗り気な蒼芽を修也は窘める。
「そうですかねぇ……? むしろ週末の楽しみになって平日も気合が入りそうですけど」
「それとデートのネタストックが尽きる。ただでさえ少ないのに。そのうち毎週公園とか同じ所を巡るハメになるぞ」
「修也さんとならそれでも楽しいですけどねぇ。前にも言いませんでした? 何をするかよりも誰とするかが大事だって」
「うーん……そこまで言うなら試してみるか? 他に用事がある時はそっち優先して良いし、キツくなったらいつでも止めて良いから」
「キツくなることは無いでしょうけど……他に用事がある時は仕方ないですね。分かりました、やってみましょう」
修也の提案に蒼芽は笑顔で頷く。
「それにしても修也さん、ついにそのネックレス着けてくれたんですね」
そう言って蒼芽は修也の首元に視線を移す。
そこには初めてモールを案内してもらった時に蒼芽が買ったネックレスが着けられていた。
「あぁ、今日着けずにいつ着けるんだって話だしな」
「私も着けましたよ! お揃いですね」
そう言って蒼芽は自分の服の襟を引っ張る。
そこには確かに一緒に買ったネックレスが着けられていたが……
「……いや蒼芽ちゃん、そういうことはあまりしない方が良いんじゃあ……」
襟を引っ張ったことで胸元が見えそうになり、修也は視線を逸らしながら注意する。
「あっと……すみません、見せ甲斐のあるような胸じゃなくて」
「……うーん、謝るところが違うかなー」
ズレたところで謝る蒼芽に突っ込みを入れる修也であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第28話~
「それじゃあ行ってきます紅音さん」
「行ってきますお母さん」
その後朝食を食べ終えた修也と蒼芽はすぐに出かける準備をして外に出た。
「行ってらっしゃい2人とも。晩ご飯はいりますか?」
「それまでには帰ってくると思いますが……もし晩も外で食べることになったら連絡します」
「夜道は気を付けるのよ蒼芽……まぁ修也さんがいるのであればその心配は無用でしょうけど」
「うん。多分世界中のどこよりも修也さんのそばの方が安全だよ」
「……世界中は言い過ぎじゃねぇか?」
そう言い切る蒼芽に疑問を呈する修也。
「そんなこと無いですよ。今までいろんな事件がありましたけど、怪我人すら出ていないじゃないですか」
「それはたまたまだ。そう思っていた方が良い」
「どうしてですか?」
「俺が近くにいれば何があっても大丈夫という考えが染み付いてしまうと気の緩みが出てくる。そうするとしなくて良い怪我をしてしまいかねん」
「言われてみれば確かに……」
「そして実際に怪我したら、俺がいたのに怪我した! 責任取れ!! ……なんてことを言いだす輩が出てくる可能性もある」
「それは無い……とは言い切れませんね。私は絶対に言いませんけど」
「そして怪我をさせた責任を取るという形で修也さんはどこかの令嬢の家に婿入りさせられて軟禁状態に……」
「だ、ダメっ!! それは絶対にダメーーっ!!」
修也に続いた紅音の言葉を蒼芽は途中で大声で遮る。
「……いや、流石にそこまでは無いでしょ」
「そんなことはありません! 修也さんは自分の価値を分かっていないんです!!」
「えぇ……」
紅音の言葉を否定しようとした修也だが、蒼芽に凄い勢いでまくしたてられ唖然とさせられる。
「という訳だから蒼芽、修也さんのそばから離れちゃダメよ?」
「うん、今日は絶対に修也さんのそばを離れないから!!」
「蒼芽ちゃん蒼芽ちゃん、紅音さんに乗せられてるから」
気合十分で腕を掴んでくる蒼芽を修也は窘める。
「……はっ!? え、えっとつまり……修也さんがそばにいるからって慢心しちゃダメってことですね?」
「うん、そういうこと」
紅音に揶揄われていたことに気づいた蒼芽が取り繕うように修也の言いたいことを纏めた。
「それじゃあ今度こそ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
修也は仕切り直し、紅音に見送られて外に出る。
「朝帰りしても良いけど、明日は月曜日だから程々にね」
「しないから! しかも朝帰りを程々って意味分からないから!!」
最後にきっちりぶっ飛び発言をぶっこんでくる紅音に蒼芽もまたきっちりと突っ込みを入れるのであった。
「……にしても、こうやって蒼芽ちゃんと2人でどこか出かけるってのは実はそんなに多くないよな」
モール開店まではまだ少し時間があるので、のんびりと公園を歩き回ることにした修也と蒼芽。
その道中で修也は思い出したかのように呟く。
「え? あ……言われてみれば、終始2人だけというのはあまり無かったですね」
最初のモール案内こそ2人だけだったが、それ以降は他の面子も一緒だったことが多い。
毎日の登下校を数に入れるのは違うし、それだって途中から由衣が混ざることが増えた。
「それだけ修也さんが人気者になったということですよ」
「人気者、ねぇ……そんな話題性に満ちた一時的なものなんて、いずれ波が引くように消えていくもんだろ。というかさっさと消えてほしい」
「あ、あはは……まぁ確かに修也さんの人気は物凄いものがありますからね……」
「100万歩譲って蒼芽ちゃんのクラスはまだ分からんでもない」
「大分譲りますねぇ」
何せ目の前であれだけの大立ち回りを演じたのだ。
もし修也が同じ立場だったら1-Cの面々と同じリアクションを取る…………かどうかは分からないが、騒ぎたくなる気持ちは分かる。
それでも当事者としてはそこまで祭り上げられたくはないというのが実情だ。
「華穂先輩のクラスもまぁ……猪瀬の影響範囲を考えたら納得できるところもある」
「改心前の嫌われっぷりが相当なものだったみたいですし無理も無いかと」
「……アレを『改心』と言って良いのか?」
「え、えーっと……」
半眼で問いかけてくる修也に頬を引きつらせる蒼芽。
元凶である塔次がマインドコントロールと言い切っている以上、どちらかというと『洗脳』の方が正しいと修也は思っている。
「……まぁその2つは良いとして、中等部でも人気が出るのはおかしいだろ」
「それは、由衣ちゃんの誘拐事件を解決したから……」
「それでもせいぜい由衣ちゃんのクラスだけに留まるもんだろ。それを長谷川のやつが……」
「あ、あはは……」
事の顛末を亜理紗がべらべらと話しまくったことで中等部にまで修也の噂は駆け巡った。
しかも由衣曰く、亜理紗が話を盛りに盛ったせいで一時的に1-Cに負けずとも劣らない状態になったらしい。
「そんなこんなで、落ち着ける場所が俺のクラスか昼休みの屋上か家だけという有様に」
「修也さんのクラスも普通なんですか?」
「あぁうん、毎度俺が祭り上げられてしまった時もあのクラスはいつも通りだった。まぁあそこはいつも変だからな。特に一部の生徒と担任が」
「それ普通って言って良いんですか?」
「うん、変であることが普通なんだ」
怪訝な表情をする蒼芽に対してそう言い切る修也。
2-Cは大体とある白黒コンビと担任がよく分からないことで騒いでいるのが日常なのである。
そしてそれが日常ゆえにちょっとやそっとの騒ぎでは動じない。
たとえ修也が警察に感謝状を貰うような功績をあげたとしても、その程度で騒ぎ立てたりはしない。
そんなことよりもきのこたけのこめんたいこの話の方が優先されるのだ。
しかし修也としてはその方がありがたい。
「しかし……そのめんたいこも俺が作り上げたというのが何とも」
「何で急にめんたいこの話になったんですか」
ブツブツ呟く修也に対して半眼で突っ込みを入れる蒼芽。
「…………まぁそれもこれも、全ては最初に蒼芽ちゃんが俺の『力』を見ても態度を一切変えなかったおかげだな」
「物凄く強引に話を纏めましたね……でもそれは当然ですよ。どんな過去や秘密があろうとも私の知る修也さんが変わることはないんですから」
「……うん、蒼芽ちゃんのそのスタンスのおかげで前の町よりも遥かに暮らしやすい」
「それなら良かったです」
穏やかな表情でそう言う修也を見て蒼芽は微笑む。
「…………でもこれが普通かと言われるとかなり疑わしいところだが」
「あ、あはは……」
だが修也の次の言葉には蒼芽は頬を引きつらせて苦笑するしかできないのであった。
それからしばらく公園を歩いたりコンビニで飲み物を買ったりして時間を潰しつつ、修也と蒼芽はモールへの道を歩く。
「……この道もこの光景ももう見慣れたもんだ」
視界の正面にモールが見えてきた辺りで修也は足を止める。
「初めて修也さんをここに案内したのがもう数ヶ月前なんですねぇ」
「『もう』というか『まだ』というか……色々と濃すぎる数ヶ月だった。まさかあのひったくり事件がここまでデカい話になるなんて思いもしなかったなぁ」
「本当ですね。まさか世界レベルの話になるとは誰も予想できませんよ」
「というかいまだに実感が無い。俺が止めてなければ本当に世界レベルの危機だったのか? 何だかんだ言っても主犯はスケルス1人だけだったんだし案外どうとでもなってたんじゃね?」
修也としては降りかかってきた火の粉を払ったくらいの感覚だ。
その火の粉が実は世界レベルの危機でしたと言われても実感が沸かない。
スケルスの目的が『世界の腐った部分を取り除く』であったこともそれに拍車をかけている。
「でも、あのまま放っておいたらもっと色々な事件が起きてたかもしれませんよ? それこそ世界規模で」
蒼芽の言う通り、スケルスの目的はさておくとしても唆された人間は揃っておかしな事件を起こしている。
今までは被害をほぼゼロに抑えられたが、これからもそうだとは限らない。
修也の知らないところで凄惨な事件が起きていた可能性も否定できないのだ。
そしてその事件に修也の周りの人が巻き込まれる可能性もまた否定できない。
スケルスの理念を歪んで解釈して世界規模のテロを起こす人間が今後現れる可能性だってゼロではなかっただろう。
「……しかしそんな可能性の話をしたってだなぁ……」
「修也さんはその可能性の元を絶ったんですよ。わずかでもあった可能性を潰したんです」
「…………」
「だから私は修也さんが世界を守ったと思ってます。たとえ修也さん自身がそこまで大層なものじゃないと思ってたとしても。そしてそんな修也さんを私は誇りに思います」
「蒼芽ちゃん……」
「あっ、だからと言ってそれを吹聴して回るようなことはしないので安心してください」
「うん、それは大事だな」
蒼芽の言葉に修也は割と真面目に頷く。
今の修也にそれをやられるとまたとんでもないことになるのは明白だ。
華穂の家やアミューズメントパークのオーナー以外のこの町に投資している資産家からも突然規模のおかしなお礼が届くかもしれない。
外に出るたびに人に囲まれるようになってしまうことで町をまともに歩くことができなくなるかもしれない。
「そしてそのまま俺は引きこもりのニート予備軍に……」
「また急に何の話ですか」
頭の中で想像を膨らませて震えている修也を半分呆れたような目で見る蒼芽。
「でも安心してください。もしそうなったら私が修也さんのお世話をします。私は修也さんのお世話係ですからね。1歩も外を出なくても暮らしていけるようにしてあげますよ?」
「久しぶりに出たなその設定! てかやめて俺をダメ人間に堕とさないでー!!」
「あはははは! 冗談ですよぅ」
修也の少々オーバーなリアクションに蒼芽は声を上げて笑う。
「……でも今くらいのお世話だったら別に良いですよね?」
「え? あぁうんまぁ……蒼芽ちゃんの負担になってないなら……」
「なるわけないじゃないですか。好きでやってることなんですから」
修也の言葉に当然と言わんばかりの表情で蒼芽は言ってのけるのであった。
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