守護異能力者の日常新生活記 ~第1章 第18話~

「ホントに1周するだけで結構いい時間になったな……」

二人で色々話しながら公園を1周しただけだったのだが、再び入り口に戻ってきたときは9時半になろうかという時間になっていた。

「確か家出たのって8時過ぎだろ? もう1時間以上経ってんのか」
「まあ公園内はゆっくり歩きましたからね」

公園内でも修也と蒼芽は手を繋いで歩いていた。
自然、修也は蒼芽に歩く速度を合わせることになる。
さらに合わせられる側の蒼芽がゆっくり歩いたとなると1周にかかる時間は長くなるのは必然である。

「そうだな。それに楽しい時間は過ぎるのが早く感じるとも言うし」
「あ、それよく聞く話ですよね」
「実はこれ、アインシュタインが相対性理論の説明で使った例え話が元らしいぞ」
「え、相対性理論? 意外な名前が出てきましたね……って修也さん、私とこうやってただ歩くだけなのを楽しいって思ってくれたんですか?」
「ん? まぁな」
「そうですか……えへへ……」

修也の返事に表情を綻ばせる蒼芽。
蒼芽からすれば、『自分といる時間が楽しい』と言われたようなものだ。嬉しくなるのも当然だろう。
修也からすれば、可愛い女の子と町歩きなんて引っ越す前では絶対にできなかったことだ。
それで楽しくないなんて言ったらバチが当たる。
それに……

「誰かと何か話をしながら道を歩くってこと自体が引っ越し前はできなかったしな……」
「悲しくなるからそういうこと言うのやめましょ!?」

ただでさえ人との関わりが薄かった修也なら猶更である。
可愛い女の子はもちろんの事、ただ帰り道が同じだけのクラスメイトとすら引越し前の修也にはそんなイベントは存在しなかったのだ。
だから修也にとって『自分に負の印象を持ってない人と一緒に道を歩く』と言うのは、それだけでもう十分楽しいイベントなのだ。

「毎日毎日行きも帰りも一人で登下校。最近はもうそれがデフォで何とも思わなくなってきてたからなぁ……」
「わ、私で良ければいつでも何度でも付き合いますから! ね!?」
「え? いつでも? 何度でも?」
「もちろんですよ! そ、それよりも、今からショッピングモールに行けば開店時間ちょうど位に着きますよ!」
「お、そうか。じゃあぼちぼち行くとするか」
「はいっ」

気を取り直した修也の言葉に蒼芽が頷き、二人は公園を後にしてショッピングモールへと歩き出した。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第1章 第18話~

 

公園を出てすぐに修也は口を開く。

「そう言えば公園内をずっと歩き回ってたから少し喉乾いたな」
「あ、じゃあ昨日のコンビニで何か買っていきましょうか」

蒼芽の提案で、修也と蒼芽はちょっと寄り道してコンビニに行くことにした。
ちょっと歩いて着いたコンビニは、今日は昨日とは違いパトカーが前に停まっているということは無く、入り口で中年の警察官と鉢合わせることもなく入店できた。
流石に店内でも手を繋いでいるのは不自然だったのか、それとも人前で手を繋いだままなのはまだ照れがあるのか、入店と同時に蒼芽は手を離した。

「さて何にしようか……ん?」
「どうしました修也さん? 何か気になるものでも?」
「いや、普通に傘売られてるな、と……」
「!!」

修也の視線の先にはビニール傘が普通に陳列されていた。
数も十分ある。ただ今日は天気が良いので売れることは恐らくないだろう。

「蒼芽ちゃん、昨日は傘売り切れてたって言ってたよな、確か」
「き、きっと昨日の晩のうちに陳列しなおしたんですよ! 倉庫に在庫があったんでしょう!」

何故か慌てる蒼芽。

「あー、そうかもな。コンビニってそう言う所対応早いし。蒼芽ちゃんが見たときはたまたま陳列棚に無かったんだろうな」
「そうそう、そうです、きっとそうですよ!」

蒼芽はそう言うが、修也は違和感を拭えなかった。
確かに昨日蒼芽が見た時点で売り切れてたなら晩のうちに補充されるのは別におかしな話では無い。
そして昨日雨が一時的とは言え降ったのだから傘の需要があって売り切れたというのも納得できる。

(しかし、なーんか違和感あるんだよなぁ……何だろう……?)

「あ、あのー? 修也さーん? どうしたんですかー? 何を考え込んでるんですかー?」

考え込み始めた修也を気にして、蒼芽が周りをうろうろしだしたが修也の思考は止まらない。

(蒼芽ちゃんがコンビニの傘が売り切れてたのを見たというのは多分不破さんと会った時……だとすると……あ!)

そこで修也は違和感の正体に気づいた。
蒼芽がコンビニの傘の状況を見たのは不破警部と会った時しかない。
しかしその時点ではまだ雨は降っていない。更に言うなら一昨日も天気は晴れだった。つまり傘の需要はまだ無い。
コンビニのビニール傘なんて緊急措置に近いものがある。ちょうど昨日修也が買おうとしたみたいに。
予め用意しておいて普段使いにすると言う用途ではあまりコンビニの傘は使わない。
だからコンビニのビニール傘が売り切れているというのは少々不自然である。
と言うか、あの時点で傘が売り切れていた、と言う前提は本当に正しいのか?
この前提が間違っているという事は、蒼芽はコンビニの傘の状況を見ていないか、嘘をついていたということになる。

(ただまぁ、だから何なんだよって話だよなぁ)

だとすると蒼芽の意図がイマイチ読めない。
かなり好意的かつ希望的に解釈すれば、どうにかして修也と相合傘がしたかった、と取れる。
普通に考えれば、知り合ってまだ二日目の男に対してそこまでの好印象は持たないだろう。
しかし蒼芽の性格や今までの言動を考えるとあり得ないとも言い切れない。
ただ、この可能性はほぼ無いと修也は踏んでいた。
何故なら修也は自己評価がかなり低い。
やはりこの考えはそう簡単には変わらない。
まさか自分にそこまでの価値はないだろう……と結論づけていたのだ。

(それよりも……)

ただ単に傘を買うお金がもったいないからと考えることもできる。ちょっと悲しいがこっちの方が現実的だ。

(それに、本当にあの時点で傘が売り切れてた可能性もゼロじゃないし)

もしかしたら店員がズボラで傘が売り切れてたのにそのまま忘れてて放置、という線もありうる。
そして昨日雨が降り出したので思い出して補充した、としても辻褄は合う。
まぁ真実がどれであろうとも、別に修也に不利益は発生していない。
むしろ可愛い女の子と相合傘というのは、かなりの役得である。
雨で肩が濡れたが、その程度どうって事ない。安すぎる代償だ。
まぁ蒼芽の意図がどうであれ、これ以上の詮索は野暮ってものだろう。
蒼芽に真意を尋ねるなど以ての外だ。流石の修也もそれくらいの空気は読める。
とにかくこれ以上考えても意味は無い。修也は思考を打ち切った。

「……いやぁ、コーヒー系にするかスポドリ系にするかで少々」

そして適当な理由をでっち上げる。

「それそんなに熟考することでしたか!?」
「たまに無いか? どっちかを選ばなきゃいけない、でもどっちも捨てがたいって時」
「ありますけど……それだったらここではスポーツドリンクを買って、ショッピングモールで喫茶店にでも入ってその時コーヒーを飲めば良いのでは?」
「お、ナイスアイデアだ蒼芽ちゃん」

上手く話を逸らせる事に成功した修也は、スポーツドリンクを手に取る。

「蒼芽ちゃんは何にする? 今なら纏めて買うぞ?」
「え? あ、だったら私は水を……」
「水ね。了解」

そう言って修也はミネラルウォーターも手に取ってレジに向かった。

(やった! 成り行きだけど喫茶店に行く約束もできちゃった!)

一方蒼芽はショッピングモールの案内に加え、昼食ももちろんの事、意図せず喫茶店に行く約束まで取り付けられた事にホクホクしていた。

 

「今こんな事聞くのも何なんだけどさ、ミネラルウォーターと水道水って何か違いある?」

ショッピングモールへ行く道中、自分用に買ったスポーツドリンクを飲みながら修也は蒼芽にそう尋ねた。

「えぇ……今の私にそれを聞きますか……?」

今蒼芽が手に持っているのはさっき修也が買ったミネラルウォーターだ。
確かにこのタイミングでそんなことを聞くのは『味の違いなんて分かるの?』と聞いているようなものだ。
蒼芽は半眼で修也を見ながら聞き返した。

「いやまぁ、塩素での消毒とか、ミネラルの含有量とか、理屈の上では分かるよ? でもそんなに味違うかなぁ? ってな」
「味は殆ど同じですよ。結局は水ですから」
「え? 同じなの?」
「違うのは口当たりとか舌触りとか、味以外の所ですよ」
「へぇ、そんなに違うのか……」
「気になるなら飲んでみますか?」

そう言って蒼芽は手に持ってるミネラルウォーターを修也の前に差し出す。

「……え?」

差し出されたミネラルウォーターを見て修也は一瞬固まる。

「……って、あっ! すみません!!」

何かに気づいた様子の蒼芽は謝りながらすぐにミネラルウォーターを引っ込めた。

「飲みかけなんて嫌ですよね! すみません気が利かなくて……!」
「いや、そんな気にしなくても大丈夫だから」
「隣に住んでる子や友達とは気軽にシェアしてたんでついその感覚で……!」
「服と傘のシェアはやろうとしてたけどな」
「服はただの貸し借りですよ! 飲食物とはわけが違います!」
「物がブルマって時点でどうかと思うが……」
「傘も別に一緒に入ったからって不衛生ではないでしょう?」
「それは確かに。まぁ何にせよホント大丈夫。そんな事で気分を害したりなんかしないよ」
「……本当ですか?」
「本当だよ。それにさ……」
「?」
「それって俺を隣に住んでる子とか友達と同じくらいの距離の人間関係としてくれてるってことだろ? ありがたい事だよ。引っ越す前はそもそも買い食いとかそういう事できる友達がいなかったからな……」
「だから悲しくなるからそういう事言うのやめましょうよ!?」

唐突に再び始まった修也の灰色エピソードを蒼芽は慌てて止める。

「なんか今になってやっと普通の学生生活を謳歌できてる気がするよ……」
「それは良かったです……って言って良いんですかね?」
「良いんじゃね? ほとんど学校の外での出来事だけどな」
「そういうものですよ、きっと」
「変な事件も付いてきたけどな」
「え、えーと……」
「まぁ、何も無い灰色の青春よりはマシ……か?」
「だ、大丈夫ですよ! 私が全力で修也さんの学生生活を楽しいものにしてあげます!」
「蒼芽ちゃん……」
「だから……修也さんも私の学生生活を楽しいものにさせてください、ね?」
「……ああ、俺に何ができるかは分からないけど、できる限りの事はやるよ」
「はいっ!」

蒼芽の言葉に元気付けられた修也と、修也の言葉に笑顔で力強く頷いた蒼芽は、ショッピングモールへの道を再び歩き出した。

(……にしても蒼芽ちゃん、食べ物のシェアとか普通にできる子なのか。うーん、やっぱ学生生活が充実してるとそういう場面も多いんだなぁ。ファミレスで各々違うメニューを頼んでシェアとか……俺には想像すら出来なかった世界だ。これが普通の学生生活という物なのか。俺にできるかなぁ……? 頼んだら蒼芽ちゃん、やってくれるかな?)
(ご、誤魔化せた……よね?ち、違うのよ、これは……ね? ほら、流石に間接キスはまだ恥ずかしい…………!? いや、まだとかそういう事じゃなくて!! もう少し後なら良いという訳でもなくて!! と言うか腕組むのだって凄く恥ずかしかったし! ああでもできるならまた腕組みたいなぁ……あ、何か安心感があるから、だよ!?)

蒼芽のリア充っぷりに内心感嘆している修也と、心の中でダラダラと冷や汗をかきながら誰にしてるのか全く分からない弁明を必死にしつつも願望が滲み出てきている蒼芽であった。

 

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