「それにしても、修也さんの意外な才能を見たような気がします」
「いや俺自身ここまで効果があるとは思わなかった」
そのまま午前中はリビングで過ごし、昼食を終えて自分たちの部屋に戻りながらそんな話をする蒼芽と修也。
「もうすっかり修也さんに骨抜きにされてしまいましたよ……」
「いや蒼芽ちゃん言い方。君も紅音さんのこと言えんぞ……」
誤解を招きかねない発言をする蒼芽に修也は突っ込みを入れる。
「これマッサージ店とか開けるレベルじゃないですか?」
「いやそりゃ無理だ」
「あ、そうか『力』使ってるから……」
「そういうのって資格とかいるんだろ? あと開業に伴う手続きとかめんどくせぇ」
「あれ、そっちなんですか?」
蒼芽はてっきり『力』を大っぴらにできない事が理由だと思っていたが、修也の口から出てきたのが現実的な理由だったことに蒼芽は意外そうに首を傾げる。
「もちろん『力』のこともあるけどそれ抜きにしたって色々ややこしそうでなぁ」
「確かに……そういう手続きって何をやれば良いんでしょうね?」
「待て待て蒼芽ちゃん、調べようとしなくて良い。やるつもり無いんだから」
そう言ってスマホを取り出して検索をかけようとする蒼芽を修也は止める。
「だからこれは蒼芽ちゃん限定だな。『力』のこと知ってるし」
「私限定……何だか魅力的な響きですね。私限定の修也さんかぁ……えへへ……」
「いやだから言い方。やっぱ蒼芽ちゃん、君は紅音さんの娘だよ」
蕩けそうな笑顔で呟く蒼芽に突っ込む修也。
「と言うか前にもあったな限定云々の話は」
「そう言えば……人間心理として『限定』とかついちゃうとお得感が出ちゃうんですかね?」
「んー……何となく分からんでもない」
修也も『地域限定』とか『期間限定』などという言葉を見かけたことはある。
『期間限定』と書いてある割にはいつまでも売りに出されている商品を見たこともある。
「でもあれ、お得感と言うよりは『今ここで手に入れなかったら二度と手に入らないかも』という焦りにも近い感情を煽ってる気がするけど」
「あ、確かにそっちの方が近いですね。今ここで手に入れなかったら二度と手に入らない修也さんという訳ですか」
「いや俺で例えんな。それだと意味が分からなくなる」
おかしなことを口走り始めた蒼芽に待ったをかける修也。
「もしくは……私限定で知っている修也さんの秘密という訳ですね。何か特別感が出てきちゃうなぁ」
「特別感に浸るようなものでもないだろ……」
声を弾ませる蒼芽に対して少々げんなりする修也。
「じゃあ立場を入れ替えてみましょう。修也さんだけが知ってる私の秘密とかがあったら特別感が湧きませんか?」
「…………あぁなるほど」
そう言われて想像してみると、確かに蒼芽の言うことが分かる気がする。
「……で、そんな誰も知らない秘密とかあるの?」
「ふふ、どうでしょうね?」
そんな修也の問いに蒼芽は悪戯っぽい笑みを浮かべてそう答えるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第22話~
「さて今週末は特に予定も無いしたまにはただひたすらゴロゴロするってのも……」
蒼芽と別れそんなことを呟きながら修也は自分の部屋の扉を開く。
「おにーーさーん!!」
「どわああぁぁぁ!!?」
すると扉を開けたと同時に由衣が飛び出してきて修也に飛びついてきた。
「どうしたんですか修也さん!? ……って、由衣ちゃん?」
一足先に自分の部屋に戻った蒼芽が慌てて飛び出してきたが、由衣の姿を見て落ち着きを取り戻す。
「由衣ちゃん、どうして俺が部屋に入るタイミングが分かったんだ? 早すぎても遅すぎてもアウトだろうに」
まさにジャストのタイミングで飛び出してきた由衣に疑問を持つ修也。
これはあらかじめ分かっていないと無理な芸当だ。
「んー? なんとなくおにーさんが来そうだなーって思っただけー」
「そ、それだけ? 凄いな由衣ちゃんの第六感というか何と言うかは……」
由衣の直感に修也が感心していると……
「おおー、スゲーなゆーちゃん! ドンピシャのタイミングだったじゃねーか!」
「うーん、何も無いわねぇ……ベッドの下ってのは定番だと思ってたけど最近はそうでもないのかしらねぇ? だとすると土神先輩はどこに隠してるのかなぁ……」
今の由衣の一連の動作に感心している千沙と修也のベッドの下に頭を潜り込ませている亜理紗の姿が修也の視界に入ってきた。
「…………由衣ちゃん、俺が許可する。長谷川を蹴っ飛ばしてくれ」
「はーい」
「ちょおおおおおおおお!!? 何を指示してるんですか土神先輩! 由衣もためらい無しに頷くんじゃないわよ!!」
修也の言葉に亜理紗は慌ててベッドの下から頭を出して詰め寄ってくる。
「あ、新塚でも良いぞ」
「よっしゃ任せろ!」
「『任せろ』じゃないわよ! 余計タチ悪いわ!! アンタに蹴られた日にゃ骨の1本や2本折れても不思議じゃないわよ!!」
千沙は瑞音の家でやっている格闘技教室に通っている。
しかも先日の部活体験から察するに千沙は足技がメインだ。
そんな千沙に蹴られでもしたら確かに痛いだけでは済まないかもしれない。
「大丈夫だろ-、人間には250本くらい骨があるんだから1つや2つ折れたって問題ねーだろ」
「そんなに無いわ! 206本よ!!」
「え、よく知ってるね長谷川さん」
迷い無く正確な数を言う亜理紗に驚き感心する蒼芽。
「あ、はい。氷室先輩とのなぞなぞ勝負に負けない為に最近こういう雑学をいっぱい仕入れてるんですよ。何が役に立つか分かりませんからね」
「それが今日からありちゃんは207か208本になるわけだなー」
「ならないわよ! 折る気でいるんじゃない!!」
亜理紗はあっけらかんと言ってのける千沙に詰め寄る。
「…………で、新塚。お前はお前で何やってんの?」
今度は千沙に疑問の矛先を向ける修也。
それも無理の無いことで、千沙は何故か窓の外に立っていたからだ。
「いやーいくら知り合いである兄さんの部屋とは言え、本人の許可なしで勝手に入るのはどうにも気が引けてなー! とりあえず兄さんが帰ってくるまで待ってたんだ」
「ほぉ……」
理由を聞いた修也は少し感心する。
窓から入ってくるという点はさておいて、きちんと部屋の主の許可を得てから入ろうという姿勢は評価できる。
「そういや相川の家の教室で最初に教えるのは『礼』って言ってたっけ」
「おうよ! それと『礼』ってのは言葉じゃない、態度で示すものだってことも教わるんだ!」
「なるほどそれで……」
瑞音は先輩である華穂や教師である陽菜には敬語を使うが、千沙は年上相手でもタメ口である。
それでも言動に失礼さを感じないのはそういう所から来ているのだろう。
「まぁずっとそこに立ってるのもアレだから入って来いよ」
「よーっし兄さんの許可も得たことだし失礼するぜー!」
そう言って千沙は窓枠に足をかけて部屋の中に飛び込んできた。
「全く千沙ってば律儀よねぇ。そんなの気にしなくても良いって私は思うけど」
「いやお前はちょっとは自重しろ。勝手に入るどころかガサ入れまでやってんじゃねぇか」
やれやれと言わんばかりの表情の亜理紗を睨みながら突っ込みを入れる修也。
「ごめんなさいおにーさん、私はおとなしく待ってないとダメだよーって言ったのにありちゃん聞いてくれなくてー……」
そう言って由衣は申し訳なさそうに俯く。
「あー……良いんだ由衣ちゃん。由衣ちゃんは何も悪くないんだぞー?」
その由衣の頭を修也は笑いながら優しく撫でる。
「えへへー」
それだけで由衣はすぐに笑顔に戻った。
「えー、勝手に部屋に入ったのは由衣も同じじゃないですか。なのに何で由衣だけお咎め無しなんですか?」
「由衣ちゃんは部屋に入ってきても俺が来るまではおとなしく待ってるから良いんだよ」
唇を尖らせて不満を訴える亜理紗に対して修也はそう反論する。
「そーだなー、ありちゃんが黄色いパンツ晒して兄さんのベッドの下探ってる間もゆーちゃんはおとなしく待ってたもんなー」
「うんっ! ありちゃんのしましまパンツが丸見えだったよー」
「ちょおおぉぉい! さりげなく私の今日のパンツの色と柄をバラしてんじゃないわよ!」
さらっと暴露発言をする千沙と由衣に亜理紗が食って掛かる。
「何言ってんだ。さっきまで平気で晒しまくってたくせに。なーゆーちゃん?」
「だよねーちーちゃん。丸出しだったよー」
「それはさっきまでは私ら三人しかいなかったからでしょうが! 今は土神先輩もいるのよ!?」
「……あー、以前紅音さんが言ってた『女同士だと視線が気にならなくなる』ってそういうことか……」
以前紅音が言っていたことを思い出す修也。
紅音の話を聞いても半信半疑だったが、今実際にこのようなことが起きたのだから実は女子同士では割とよくある話なのかもしれない。
「それこそ何言ってんだ。ここは兄さんの部屋だぜ? いつ兄さんが戻ってきてもおかしくないだろー」
「うぐっ! それは、まぁそうなんだけど……」
千沙に正論で諭されて亜理紗は言葉に詰まる。
「…………でも、パンツの色と柄を公開してもいいかどうかはまた別の話でしょうがっ! こうなったらアンタらのパンツの色と柄も言いなさいよ!」
「何でそうなる」
開き直ったのかおかしなことを言い出した亜理紗を修也は窘める。
「今日の私は真っ白だよー」
「あたしも柄無しの白だなー」
「私は薄い青だね」
「えっ」
「いやいやいやいや蒼芽先輩まで何言っちゃってるんですか!?」
由衣と千沙に続いて蒼芽まで普通に答えたことに修也は軽く、亜理紗は大きく驚く。
「えー、ありちゃんが言えって言ったんだよー?」
「だよなー?」
「アンタらにだけよ! 蒼芽先輩まで乗ってくるとか思わなかったわ! ほら見なさい、土神先輩も驚いてるじゃないのよ!!」
「あ、あぁー……」
亜理紗の言葉に曖昧に頷く修也。
実は修也の驚きは『えっやっぱり青なんだ』という意味合いが強い。
引っ越し初日で早々に下着の色をカミングアウトされていた修也としては、今更下着の色と柄を告げられた位では驚かない。
しかしそれを言うと色々とややこしいことになるのは確実なので伏せておくことにする。
「まーまーそんなこまけぇこと気にすんなよありちゃん。結局のところ今日着てる服の色言ってるだけなんだからよ!」
「そーそー、それがシャツかパンツかの違いってだけだよー」
「ち、違う……そんな単純な問題じゃないでしょ……」
自身の正統性を訴える亜理紗だが、2対1では分が悪いようだ。
「まぁ……自分で言うのと人に言われるのとでは違うよね」
「……そういう問題でもないんですよ蒼芽先輩……ねぇ土神先輩、これ私がおかしいんですか? 私そんな変なこと言ってます?」
「あーまぁ……価値観は人それぞれだから、うん」
縋る様に見つめてくる亜理紗から視線をずらす修也。
そう言われてもリアクションに困るというのが本音だ。
「それよかとっとと話題変えねぇか? 俺としてもこのままずっとパンツの話はしてほしくないし」
「異議なしです! さっさと話題を変えましょう!」
修也の提案に亜理紗は速攻で乗ってくる。
亜理紗もあまりにもアウェー過ぎてついていけないのだろう。
「…………で、お前は結局何やってたんだ?」
亜理紗が自分の部屋で何をやっていたのかをまだ聞いていなかった修也はそう尋ねる。
「あぁそれですか。そうねもう土神先輩に直接聞いた方が早いか。じゃあ単刀直入に聞きます! 土神先輩、男子高校生なら誰もが持っていると言われる大人の本……俗に言うエロ本はどこに隠してるんですか!?」
「…………由衣ちゃんと新塚、やっぱり長谷川を蹴っ飛ばしてくれないか? 容赦なく思い切り」
至極真面目な顔をして聞いてくる亜理紗に対し、修也は無表情で由衣と千沙にそう告げた。
「はーい!」
「じゃあ歯ぁ食いしばれよーありちゃん!」
「待って待って待って待って!! 何でですか!? ちょっとくらい教えてくれても良いじゃないですか!!」
「良いわけあるか。そもそもそんなもんねぇよ」
「ええぇぇ!? 嘘ですよね? 男子高校生なんて女体に興味津々の年頃だっていうのにそういった本の1冊も持ってないなんて……土神先輩、もしかして女性に全く興味が無いとかそういう系の人なんですか?」
「シメるぞコノヤロウ。あと男子高校生に対する偏見が酷い。全員が全員そういう訳でもないだろうが」
ドン引きしている亜理紗を半眼で睨みつける修也。
「んー……でもよぅ兄さん、ありちゃんの言うことも完全な的外れって訳でもねぇぜ。エロいかどうかは置いといてアイドルの写真集とかくらいは持ってても良いとあたしは思うんだがなぁー」
「え……そういうもんなの?」
だが亜理紗に同調する千沙の言い分に対しては真面目に聞き返す。
「ちょ、ちょっとちょっと! 何で私と千沙で対応が違うんですか! 差別ですよ差別!!」
「それはお前の聞き方が悪い」
「で、本当に無いんですか? アイドルの写真集とかですらも?」
「だから無いと…………いや待てよ? 女の子の写真集なら持ってるな」
「えっ」
食い下がってくる亜理紗を適当にあしらう修也だが、ふと心当たりがあることを思い出した。
そんな修也の言葉を聞いて蒼芽は小さく息をのむ。
「なーんだやっぱり持ってるんじゃないですかー。で、どんな写真なんですか? もうここまで来たら見せてくださいよ。大丈夫、どんな写真でも引いたりしませんから!」
「まぁ別に見られて困るもんじゃないし……」
そう言って修也は自分のスマホを取り出す。
「なるほど自分のスマホに保存してたんですね。それは盲点だったわー」
「ほれコレだよ」
「それでは土神先輩の嗜好をごはいけーん…………ってこれ蒼芽先輩との写真じゃないですか!」
変な笑みを浮かべながら修也のスマホを覗き込んだ亜理紗だが、表示された画像を見てツッコミを入れる。
今画面に映っているのは修也と蒼芽の普通の2ショットだ。
おかしなところは特に何も無い。
「蒼芽ちゃんだって女の子で、こういう写真がたくさんあるんだから女の子の写真集で間違ってないだろ」
「そりゃそうですけどー……私が想像してたのと全然違うんですけどー……」
そう言って不満そうな表情を見せる亜理紗。
(……なーんだ、そういうことかぁ……)
一方で蒼芽はほっと胸を撫で下ろす。
蒼芽はてっきり修也が自分の知らない所で他の女の子に興味を持ったのかと危惧していた。
しかし蓋を開けてみればただ先日自分と撮った写真だったというだけ。
つまり別に修也は他の子に興味を持ったという訳ではなかったのだ。
その事実に蒼芽は心を弾ませるのであった。
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