「……まぁ開店直後からいきなり出番があったりはしないわな」
そんなことを呟きながら修也は控室の椅子に座る。
「こういうものは得てして口コミで広まっていくものですからね。受付などの方はともかく私たちはしばらくは待機でしょう」
「このまま誰も来なければずっと待機で終われるのかねぇ?」
「それは難しいでしょうな。白峰殿が今言った通り我々の出店の内容は口コミで広がっていくでしょう。さすれば土神殿のネームバリューを考えれば客が押し寄せてくるのは必定かと」
「むぅ……」
同じく待機している白峰さんと黒沢さんにそう言われ、修也は黙り込む。
「まぁ流石に最初から最後まで出ずっぱりってことは無いだろ」
「うむ、適宜休息をとることは何の問題も無い。俺たちも全て土神に任せきりにするつもりはないからな」
そこに戒と塔次がフォローを入れてくれる。
ちなみに彰彦は裏方ということでいつ客が来ても良いように準備をしているのでここにはいない。
「それじゃあ裏方の皆には悪いけど少しのんびりと……」
「土神君、ご指名よ」
「……できなかったな……」
少しの間背もたれに体重を預けて休もうとしていた修也に爽香が控室に顔だけ声を出して呼びかけてくる。
「おぉっ、流石土神殿! 開店と同時にご指名が入るとは!」
「私たちも負けていられませんわね! 土神さん、機会があればで良いので私たちの売り込みもお願いしますわ!!」
「へいへい……」
何故か妙に気合の入っている黒沢さんと白峰さんに力無く答えつつ修也は席を立つ。
「……さて、誰だか知らんが早々に俺を指名してくれたんだ。腑抜けた姿を見せるわけにはいかない、か」
そう言って修也は控室を出る前に大きく深呼吸して気持ちを切り替える。
「そこまで気負わなくても大丈夫よ。それじゃあ行ってらっしゃい。一番奥の席だからね」
そんな修也の姿を見た爽香が軽く笑いながら送り出してくれる。
「えぇと一番奥の席ってことは……」
席と席の間には仕切りが建てられており個室状になっているので、今修也の立っている場所から中を見ることはできない。
だが確かに一番奥の個室から人の気配がする。
「…………よし」
慣れないことに緊張しつつも意を決して修也は個室の中に足を踏み入れる。
「……あっ! 来た来た! やっぱりバッチリ決まってますね修也さん!」
「あ、その……えっと…………おはよう、ございます……土神先輩」
「……ん? おぉ、蒼芽ちゃんに詩歌じゃないか」
しかし中にいる人が蒼芽と詩歌だと分かると緊張が一気にほぐれた。
爽香が『気負わなくても大丈夫』と言ったのはこういう訳だったのだ。
「そうか、2人が俺を指名してくれたのか。ありがとな」
「いえいえ、修也さんのことだから早めに行っとかないと全く指名ができない気がしたんですよね」
「す、すみません……先輩の貴重なお時間を……」
「いやいや、むしろ知り合いで良かったよ。接客なんてどうすりゃ良いのか分からなかったけど、2人相手なら気兼ねしないで良いからな」
申し訳なさそうに俯いて謝る詩歌に対して修也は軽く笑って応えるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第11話~
「……さて、悪いけど何か飲み物を最低限1つは頼んでもらわないといけない決まりなんだ。2人から金取るのは心苦しいけど……」
「何言ってるんですか。修也さんと楽しく飲んでお話するとか、十分お金を払う価値があることですよ」
「いや普段から2人とは話してるじゃねぇか。特に蒼芽ちゃんは朝昼晩と。もちろん無料で」
普段から日常的にやっていることを改めてお金を取ってやるということに引け目を感じる修也。
「でも今はホストクラブ風なんですから」
「それ言ったら身も蓋もねぇ……」
「じゃあお金を払うに値するサービスを何かしてくださいよぅ」
結局はいつものノリで終わるのかと思いかけたら、蒼芽が何やら妙な提案をしてきた。
「サービスっつったって……例えばどんな?」
「そうですねぇ……アレとかどうです?」
「アレ? アレがああしてあーなるやつか」
「ええ、それがそうしてそーなるやつです」
「……土神先輩も舞原さんも……それで伝わるの……?」
「……悪い、かなり適当なこと言った」
「うん、私も修也さんに合わせただけ」
心底不思議そうな顔をして尋ねてくる詩歌に修也は申し訳なさそうな顔をして早々にネタバラしする。
蒼芽がどうせ適当なことを言っているだろうと踏んで修也も適当に口から出まかせで言ったのだが、蒼芽がそれにさらに適当に乗ってきた形だ。
これは時々蒼芽とやるその場のノリだけのやり取りなのである。
深い意味は全く無い。
「……で、結局蒼芽ちゃんは何してほしい訳?」
「膝枕とかどうでしょう? それなりに特別感が得られそうじゃないですか?」
「え? 俺が蒼芽ちゃんや詩歌の膝を枕にするの?」
「いえ逆です。私と詩歌が修也さんの膝を枕にするんですよ。……あ、でもそっちも良いなぁ」
修也の認識を修正しつつも心が揺らいでいるらしい蒼芽。
「え……えぇっ!? そんな、私が先輩になんて……」
「詩歌、ここは今はホストクラブ喫茶なんだよ? 本当のホストクラブだったらこれくらいのこと普通にやってるって」
「いややってないと思うぞ? 俺も詳しくは知らんが」
「修也さんが知らないだけできっとどこかにはありますよ。何が受けるか分からない世の中ですから」
「だからって店のスタッフに膝枕してもらう喫茶店とかどこに需要があるんだよ」
「少なくとも私たちには需要があります!」
「……えっ? 私たちって……私も、入ってるの……?」
力強く主張する蒼芽についていけずアタフタする詩歌。
「あ、先に言っておきますけど修也さんだからこそ需要があるんですよ? 誰でも良いという訳ではありません。という訳で、さあ!」
「『さあ!』じゃねぇよ。スタッフへの過度のお触りは禁止です!」
「あはははは!」
腕をバツの字にして拒否する修也に対して大笑いする蒼芽。
始めから冗談だったのだろう。
「んー……でもホントにダメですか?」
「え?」
「ちょっとくらいなら良いじゃないですかぁ。修也さんもさっき言ってたでしょ? 『過度の』お触りは禁止って。だったら適度ならOKでしょ!」
「えぇー……? そういう解釈……?」
……と思ったら割と本気だったようで食い下がってくる。
諦めない様子の蒼芽に呆れる修也。
「そこまで言うんなら蒼芽ちゃんも…………いや何でもない」
「えー? 今何言おうとしたんですか? 教えてくださいよぅ」
何かを言いかけて止めた修也だが、それを蒼芽が見逃す訳が無い。
遠慮無く踏み込んで修也に絡んでいく。
「嫌だ! てかそうやってニヤニヤ笑ってるってことは俺が何言おうとしたか分かってるんだろ!」
「そんなこと無いですよー。『そこまで言うんなら蒼芽ちゃんも俺に膝枕やってくれ』って言おうとしたなんて全然思ってませんよー。でもそんなことで良いならいくらでも」
「やっぱ分かってんじゃねぇか! そしてそう言うと思ったから止めたんだよ!」
「でもお客さんのサービスに応えてこその接客業だと思うんですけどねぇ」
「度を越えるとカスハラになるぞ……こうなりゃ詩歌の意見を聞こう」
「え? わ、私……ですか!?」
修也と蒼芽のやり取りをボーっと眺めていた詩歌だが、急に話の矛先が向いてきたことに驚き慌てる。
「あっそうですね。詩歌はどんなサービスが良いと思う? どんな事を修也さんにしてもらいたい?」
「ど、どんなって……私は、その……隣に座ってもらえるだけで……十分過ぎるというか……」
「うん、そうそう。それくらいが普通なんだよきっと。流石詩歌、ちゃんと分かってるな」
「あ、ありがとう……ございます……?」
詩歌から出た意見を聞いて修也は満足そうに頷く。
ただ詩歌としては褒められても喜んで良いのかどうかがかなり微妙なので、礼が疑問形になってしまっている。
「えー、でも普通に横に座るだけじゃサービスでも何でも無くない?」
「で、でも……私たちでハードル上げ過ぎたら……先輩が後々大変なことに、なるよ……?」
「あ、そっか。後からくる人にも同じようなことやらないといけなくなるのか。それは大変だね」
始めは不服そうな顔をしていた蒼芽だが、詩歌の言葉を聞いて納得して頷く。
「う、うん。だから……こうやって一緒に飲み物を飲むだけにした方が……」
「それじゃあ中間をとって膝を合わせて話しながら飲むってところでどうかな?」
「んーまぁ……確かにそれくらいが妥協点か」
いつもの昼休みと何も変わり映えしない気がしなくもないがきっとそういうものなのだろう。
学園祭でやる出し物で過度のサービスを提供するのも考え物である。
……そもそも夜の店を模した喫茶店をしている時点で今更感は漂うが。
「それじゃあ修也さんの許可も取れたことですので……」
そう言って蒼芽は少しだけ腰を浮かせ、修也の真横に座り直す。
「え? 何で座り直したの?」
「今言ったじゃないですか。膝を合わせて話しながら飲むって」
「あ、『膝を合わせる』って慣用表現じゃなくて実際にやる方の意味だったの!?」
今蒼芽が修也のすぐ真横に座ったことで修也と蒼芽の膝がピッタリくっついている。
確かに『膝を合わせる』状態ではあるが、てっきり慣用表現の方だと思っていた修也は度肝を抜かれた。
「ほらほら詩歌も、こっち空いてるよ」
「えっ!? わ、私も……?」
「いや詩歌は無理しなくても。男が苦手なのは変わってないんだろう?」
蒼芽に手招きされて戸惑う詩歌を見て修也はやんわりと止める。
「……確かに大部分の男の人はまだ怖い、ですけど……せ、先輩は……その、優しくて……良い人だって、分かってますので……」
そう言って詩歌も少し腰を浮かせて座り直す。
とはいえ蒼芽のようにぴったりと膝を合わせるのではなく。少し距離を縮めた程度ではあるが。
ただ普段の詩歌を考えるとこれでも十分すぎる程の成長だ。
「それに……先輩には、改めてお礼をきちんと言っておきたくて……」
「お礼?」
「先輩がいなかったら……あのモールでどうなってたか分からないし……舞原さんとも友達になれなかっただろうし……」
「そのお礼についてはすぐにしてもらったと思うけど」
「そ、それに……舞原さん以外にも、たくさん友達と言っても良い人ができたのは……先輩のおかげですから……」
「半分以上は蒼芽ちゃんのおかげな気もするけど、まぁ礼は受け取っておくよ」
たどたどしくはあるがしっかりと自分の気持ちを伝えてくれた詩歌に修也は静かに頷いた。
「じゃあ改めてかんぱーい! 修也さん、今日と明日は頑張ってくださいね!」
「わ、私も……応援してますから……」
「まぁ程々に頑張るよ」
蒼芽と詩歌の激励を受けながら修也は2人が注文していた麦茶を一緒に飲むのであった。
「ふー終わった終わった。あんな感じで良かったんだろうか?」
制限時間いっぱいまで堪能した蒼芽と詩歌を送り出した後、修也は控室まで戻ってきた。
「……って、あれ? 霧生も氷室もいないな……」
控室の中を見回してみるが、そこには戒と塔次の姿は無い。
ついでに白峰さんと黒沢さんの姿も無かった。
というか接客スタッフ役の誰もいない。
「皆今声がかかって接客中だぞ」
首を傾げる修也を見た裏方の彰彦が説明してくれる。
「あ、そうなのか。で、仁敷は何してんだ?」
「誰もいなくなるのは不用心だからな。誰かが帰ってくるまで留守番だ」
「なるほど。にしても結構繁盛しそうだなぁ。もう接客役のスタッフがいないとか」
まだ開店して1時間も経っていないのに、ここまで賑わうとは修也は思いもしなかった。
「藤寺先生が結構裏で宣伝活動を熱心にしていたらしいぞ」
「……あの人はまた……」
「まぁそう言ってやるなよ。自分で言い出したことだからな。何としても成功させて、この学園祭を楽しい思い出にしたかったんだろ」
「……」
相変わらずフリーダムな陽菜に呆れる修也を見てフォローを入れる彰彦。
確かに陽菜はこの学園祭を楽しいものにしたいと何度も言っていた。
普段からふざけてばかりいる陽菜ではあるが、こういったイベントごとには常に全力で取り組んできている。
それは全て修也たち生徒が目一杯楽しむ為の物だということを、修也も何となくではあるが感じ取っている。
(そういや俺、前の学校の文化祭は全然楽しくなかったって言ったっけな)
だからこそ陽菜は修也にこちらでの学園祭は楽しんでほしいのだろう。
その為ならどんな労力もきっと厭わない。
陽菜はそういう教師なのである。
「まぁそれを抜きにしたって皆見栄えが良いから声がかかるんだよ」
「確かにな……氷室は普通に見た目は良いし、霧生だって頭が悪いだけで見た目はそうでもないし」
「白峰さんも黒沢さんも見た目だけなら十分美少女で通るしな」
「見た目『だけ』ならな……」
外見だけなら2人とも十分美少女だ。
特に白峰さんはモデルをやっていると言われても納得できるだけの容姿とスタイルを持ち合わせている。
しかし中身が非常に残念であることを2-Cの生徒全員は知っている。
顔だけで選んだ結果、あまりのギャップに失望したりクレームが出たりしないか修也は気がかりになる。
「ただいま戻りましたわ!」
「おや土神殿も戻っておられましたか」
そこにちょうど白峰さんと黒沢さんが帰ってきた。
「お帰り2人とも。どんなもんだった?」
「上々だと思いますわ」
「接客は即売会で経験しておりますが、それとはまた似て非なるものでありますなぁ」
修也の問いかけに対して2人は満足そうな表情で答える。
「あ、そうか2人はそういう経験があるのか」
「ええ、でも先程黒沢さんが仰った通りまた違った趣があるというものです」
「まぁ確かにどっちも接客だけど全くの別物だわな」
「そういう土神殿は如何だったのですかな?」
「俺もまぁまずまずといったところか。やってみると案外どうとでもなるもんだな」
修也の場合は気心の知れた蒼芽と詩歌だったからというのもあるだろうが、それでも恙なく終えられたことに修也は安堵のため息を吐く。
「その意気ですぞ土神殿! その調子で次も頑張ってくだされ!」
「え? 次?」
「ここに戻ってくる途中で土神さんを指名している方を見かけたのですわ」
「マジかよ!?」
「……人気者の宿命だな」
彰彦の言葉に下ろしたばかりの肩の荷が再びどっかんどっかんと乗り掛かった気がした修也であった。
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