「そ、それじゃあな、皆……」
白峰さんと黒沢さんが渡したポケット菓子のおかげか少し持ち直した戒はフラフラとした足取りで教室を出ていった。
「んじゃ俺も帰るか」
「私たちも帰りましょうか彰彦」
「そうだな」
「うむ、明日も十全の成果が出せるよう備えると良い」
それを見送った修也たちも教室を出る。
「さて、帰ったらちょうど昼時か。昼飯食って明日のテストに向けて最終確認でもしておくか」
これからの予定を確認しながら修也は玄関まで足を進める。
「…………あっ、修也さーん!」
玄関まで来るとそこには蒼芽が立っていた。
修也の姿を見つけた蒼芽が声をかけて近寄ってくる。
「あれ、蒼芽ちゃん? 俺のこと待ってたのか?」
「はい、待ってました。今日はテストでしたからもうこれで終わりですよね?」
「ああ。勉強会も今日はやらないってことで解散になった」
「だったら一緒に帰りましょうよぅ。そして帰り道でファミレス辺りでお疲れ様会でもしませんか?」
「……まだテスト1日目なんだが?」
蒼芽の提案に修也は首を傾げて尋ねる。
「ええ。だから『テスト1日目終了お疲れ様会』です」
「……それだと明日も明後日もやることになるが」
テストは全部で3日間ある。
蒼芽の言い分だと2日目も3日目もやらないと筋が通らない。
「もちろん明日も明後日もやりますよ?」
「マジか」
「まぁそんな大層な名前つけましたけど、平日のお昼はお母さんも仕事で家にいないんですよ。なのでテストの時は外で食べて帰るのが日常になってるんですよね」
「あぁなるほど、そういうことなら話は分かる」
紅音にも仕事はある。
多少の融通は利かせられると以前言っていたが、流石に蒼芽のテストの度に仕事を休むわけにもいかないのだろう。
「今までは1人で食べることがほとんどだったんですが、これからは修也さんがいてくれるので何も問題ありませんね」
「…………1人でファミレス行くことに何か問題が?」
嬉しそうにそう言う蒼芽を見て修也は疑問を呈する。
「えっ? 問題だらけじゃないですか。ファミレスは皆で楽しくお喋りしながらご飯を食べるところですよ? そんなところに1人で1つのテーブルを占拠して黙々とご飯を食べるとか周りの人に何て思われるか……」
「いや……その辺は別に良いんじゃね? 1人で入ろうが客は客だろ」
「だとしても自分だけ静かにご飯食べてると場違い感が酷くて……だからと言って1人で騒いでたらバカみたいじゃないですか」
「それはバカというより迷惑なやつだな……ならクラスの友達とか由衣ちゃんを誘えば良かったんじゃあ?」
「私の家庭の事情で振り回す訳にもいきませんから。でも修也さんの場合はその辺は気にしなくても良いですので」
「まぁ一緒に住んでるもんな。分かった、じゃあ行こうか」
「はいっ」
修也の言葉に蒼芽は笑顔で頷き、靴を履き替えた修也と並んで校門を通り過ぎていった。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第27話~
「……で、さっきの話の続きですけど、修也さんは1人だけでファミレスに入ることに抵抗は無いんですか?」
場所を移してファミレスに入り、テーブルに案内されて席に着いたところで蒼芽はメニューを見ながら修也に尋ねる。
丁度お昼時だからか、店内にはそこそこの客がいて思い思いの行動をとっている。
「いやー……特に抵抗を感じたりはしないと思うけど。というかそんな機会が今まで無かったからな」
これは別に修也の引っ越し前の境遇は関係ない。
生活スタイルによってはファミレスを全く利用しないという人だって普通にいる。
少なくとも修也はそう考えている。
「じゃあ想像してみてくださいよ。学生のグループや家族連れなどが皆周りでわいわいと楽しく食事してる空気の中で、自分だけ寂しく黙々と食事をしてる光景を」
「…………それが何か? 引っ越す前は俺普段からそんな感じだったけど」
「それは修也さんの感覚がマヒしておかしくなってるんです。直ちに修正してください」
「えぇー……」
蒼芽の出したたとえに真顔で返した修也だが、蒼芽に同じく真顔で返されてしまう。
これは確かに蒼芽の方が正しいので修也も何も言えない。
「……でもさ? ファミレスやカフェとかで1人でテスト勉強してる学生とかもいるわけだし、1人で入ることにそこまで抵抗感じるのもそれはそれで変じゃね?」
「うっ……そ、それは……」
だが間を置いて出てきた修也の返しにぐぅの音も出なかったのか言葉に詰まる。
今度は修也の方が正しい。
おひとり様禁止と掲げているファミレスなど聞いたことが無い。
1人で入ったところで何の問題も無いからだ。
「だ……だって寂しいじゃないですかぁー。テスト勉強の件でもそうですけど、私は1人だけで静かに何かやるのって苦手なんですよぅー」
「なるほどなぁー……蒼芽ちゃんはコミュ力が強いんじゃなくてコミュニケーションに飢えてるんだな」
「あー……確かにそんな感じが自分でもします。誰かとお話してないと落ち着かないんですよ」
「まぁそれにどうこう言うつもりは無いが……これからもずっとそういう訳にもいかんだろ。人間、1人でやらなきゃいけないことがそのうち必ず出てくるぞ」
「分かってますよぅ、分かってますけどー……」
修也の言葉に項垂れる蒼芽。
「とりあえず今は修也さんがいるから良いじゃないですかー。ひとつ屋根の下で暮らしてるわけですしー」
「頼られて悪い気はしないけど依存するのはどうかと思うぞー」
「えー、頼らせてくださいよー。依存させてくださいよぅー」
蒼芽の口調が段々冗談っぽくなってきたので修也もそれに合わせる。
「まぁ今回みたいなことならいくらでも付き合うけど、自分でできることは自分でやりなさい。ごはん食べさせてーとか風呂で背中流してーとかはダメ」
「……え、ダメなんですか?」
「ちょっ」
「あはは、冗談ですよぅ!」
一瞬真面目な顔をして聞き返してきた蒼芽に修也は言葉が詰まるが、すぐに笑い飛ばされる。
「でも逆なら言ってくれればやりますよ? 私は修也さんのお世話係ですから」
「いやいや言わないって。てかまだ生きてんのかその設定」
そんな話をしているうちにそれぞれが注文した料理が運ばれてきたので、2人は箸を取り食べ始める。
「ところで修也さん、これ食べ終わったらどうしますか?」
「どうするって……帰るしか無いんじゃないのか?」
「いえ、まっすぐ帰るのかどこか寄り道して帰るのかってことですよ」
「……蒼芽ちゃん、今テスト中なんだぞ? これがデートだってんならともかく、寄り道してる場合じゃないと思うが」
「えぇー、ダメですか? せっかく午後空いてるのに」
「ダメです。何のために午後が空いてると思ってんだ。せめて3日目にしなさい」
「よし言質ゲット! じゃあ修也さん、3日目のテストが終わったら放課後デートですからね? 忘れないでくださいね?」
「はいはい…………ん? もしかして始めからそれを言わせるために?」
「ふふっ、さぁそれはどうでしょうかね?」
眉根を寄せる修也に対して悪戯っぽく笑う蒼芽。
「……わざわざそんな回りくどいことしなくても普通に『テスト終わったらデートしましょう』で良いじゃねぇか。よほどのことが無い限り断らんって」
「今断ったじゃないですかー」
「だから『よほどのことが無い限り』な。今テスト中。よほどの事」
そんなとりとめのない話をしながら2人は昼食を食べ進めていくのであった。
「……あっ、ちょっと待ってくださいね修也さん。今鍵開けますから」
舞原家の前に着き、玄関の前で蒼芽がそう言って立ち止まりスカートのポケットの中に手を入れた。
そして鍵を取り出し玄関を開ける。
「あぁそうか、紅音さん仕事でいないんだったな」
「はい。こういう時に備えてちゃんと合鍵を持ってるんです」
「となると……もし俺が1人の場合はどちらかが帰ってくるまで待ちぼうけになるわけか」
修也は舞原家の合鍵を持っていない。
今まではたまたまそのような事態は発生しなかったが、今後もないとは言いきれない。
「だったら修也さんも合鍵を持ちますか? お母さんに言えば用意してくれると思いますけど」
「え? うーん……所詮居候の身でそんなもの持たせてもらうのもどうかと思うんだが」
蒼芽の提案に修也は難しい顔をして唸る。
「何でそんな卑屈なんですか……修也さんもこの家に住んでいる人なんですから何も問題ありませんよ」
「でもセキュリティの関係上鍵は少ない方が良いんじゃね?」
「最強のセキュリティが何言ってるんですか」
修也の言葉に半眼で突っ込む蒼芽。
「あっ、でも修也さんなら『力』で空気を鍵の形に固められるんじゃないですか?」
「いや無理。前にも言ったと思うけど、複雑な形には固められん」
「そう言えばそんなこと言ってましたね……」
「それにできたとしてもやらない。普通に犯罪だからな。こういう超能力を悪用すると風当たりがきつくなるどころの騒ぎじゃない」
「まぁそうですよね」
「そんなのが許されるのはゲームの世界だけだ。普通に鍵開けて住居に忍び込み、タンスや引き出し果ては大事に保管してる宝箱を漁っても何も言われないんだからな」
「あれはそもそも1本の鍵で全部の扉や宝箱が開いてしまうガバガバのセキュリティに問題があると私は思うんですが」
「それは……ご都合主義ってやつだろうな。流石に全部違う鍵だったらインベントリが鍵だらけになる」
「あっ、それを逆手にとって大量の鍵の中から正解を探し出して扉を開け続けるアプリとか作ったら人気にならないですかね?」
「うーん、どうだろ? ハマる人はハマりそうだな」
そんなことを言い合いながら修也と蒼芽は靴を脱ぎ階段を上る。
「さて、着替えたら明日に向けてテスト勉強ですか?」
「まぁそれでも良いけど、ここまで来たら軽く復習する程度でも良いと思うぞ」
「じゃあ勉強しましょう! という訳で着替えたら修也さんの部屋に行きますね?」
「いやわざわざ来なくても、自分の部屋でやっても良いんだぞ?」
「前にも言ったじゃないですか。修也さんがいると体力気力集中力その他諸々が段違いなんです」
「それ俺がいなくなったらどーすんの……」
「……え? いなくなる予定があるんですか……?」
そこまでは軽口を叩き合っていたのだが、ふいに呟いた修也の言葉を聞いて蒼芽の声のトーンが変わった。
心なしか表情にも不安の色が入り混じったように修也は感じる。
「…………いやそうじゃなくて、俺がいない状況ってのは普通にあるだろってことだ。1年の教室での授業中とか」
「あぁ! なーんだそういうことですか。いなくなったらなんて言うから勘違いしちゃいました」
なので修也は言葉を選んでそう答える。
本当はいずれ舞原家を去りこの町を離れる時が来ることを言っていたのだが、今の蒼芽の顔を見てそれは言わない方が良いと思ったからだ。
そんな修也の言葉を聞いた蒼芽の声色と表情が元に戻った。
「まぁその時はその時ですよ。教室だったら詩歌やクラスメートもいますし。それに普通に授業を受ける分には何も問題無いんですから」
「そういやそうか。後は俺が修学旅行とかでいない時とか……ってかそもそも修学旅行ってあるの?」
「ありますよ。3年の秋くらいに毎年やってますね」
「中等部の時もあった?」
「はい、もちろん。修也さんはどうでした?」
「あった………………とは思うんだけど……」
「思う? 何で推定形なんですか?」
断定しない修也に首を傾げる蒼芽。
「…………修学旅行に関する記憶が無い」
「これは触れない方が良いやつですねはいこの話はここでおしまいにしましょう!」
だが修也の呟きを聞いて蒼芽は速攻でこの話題を打ち切る。
「てか修学旅行って創作世界だけの存在じゃなかったんだなぁ」
「ちょっと修也さん! おしまいって言ったんですから話を広げないでくださいよ!」
「どこに行くかは知らんがお土産買ってくるからな」
「あ、そういう話なら全然続けてもらって構わないですよ」
「……現金だなぁ」
尚も修学旅行の話を続ける修也に目を吊り上げて抗議する蒼芽だが、お土産の話になって表情を緩めた。
それを見て修也は苦笑する。
「でもその前に蒼芽ちゃんの誕生日か。確か夏休みの始まりの境目って言ってたっけ」
「はい、7月24日です。覚えててくれたんですね」
修也の言葉を聞いて、今度は蒼芽の表情が綻ぶ。
「これを覚えてたと言って良いのかは微妙なラインだがな……」
「いえいえ、その辺りに私の誕生日があるということを覚えててくれただけで充分ですよ」
「でも誕生日祝いって何やりゃ良いんだ? 家族でケーキを用意して祝ったことならあるけど、サンプルがそれしかないから分からん」
「まぁどこもそんな感じだと思いますよ? あとは誕生日プレゼントとか……あっ、別に催促するつもりはありませんよ?」
「そう言われると逆に用意したくなるもんなんだよな。でももうネックレスとか指輪とかプレゼントしてるもんなぁ。特に指輪はかなり高価なもんだからハードルが恐ろしく高い」
「あ、いえ! ホントに催促するつもりじゃなくてですね!?」
「……ってフリだろ?」
「違いますってー! プレゼントの催促なんてそんなあさましいことしませんよー!」
そう笑いながら言い合う修也と蒼芽。
「さっ、それじゃ着替えてテスト勉強するか。まぁさっきも言ったけど今日は軽くで良いだろ」
「あ、はい。それじゃあまた後で」
修也の言葉に蒼芽は頷いて自分の部屋に入る。
それを見送った後、修也も着替えるために自分の部屋に入った。
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