「…………さて、と」
朝食を食べ終わり修也は自分の部屋に戻り一息つく。
今日は土曜日なので学校は休みだ。
いつもなら特に何もせずのんびりするか蒼芽や由衣と遊んだりどこかに出かけたりすることが多い。
爽香たちクラスメートに誘われることもある。
引っ越す前は本当にやることが全く無く、ただひたすら無為に時間が流れるのを感じていることしかできなかった。
それを考えると修也の生活は大きく様変わりしたと言える。
他にも今はテスト期間中なのでテスト勉強に勤しむのも良いだろう。
しかし修也はそれよりもやりたいことがあった。
それは……
「…………ちょっと寝直すか」
そう呟いてベッドの上に倒れ込んだ。
昨晩は蒼芽に両手足でがっちりホールドされていたため姿勢が不自由だった。
そのせいかあまり眠れた気がしていないのだ。
断じて蒼芽に抱きつかれてたことが不快だった訳ではないのだが、それで快眠を得られるかどうかはまた別の話だ。
それに放課後に教室でクラスメートたちと勉強会を開き、家に帰った後も蒼芽と由衣とでテスト勉強を続けてきた。
2~3時間程度仮眠を取ってもバチは当たらないだろう。
「まぁ適当な時間になったら蒼芽ちゃん辺りが起こしてくれるだろ、きっと」
誰に言うでもなくそう呟く修也。
やはり少々寝足りなかったのか、ベッドに横になって殆ど間を置かず眠気がやってきた。
(……にしても、こういう場合多少なりとも気まずくなってしまったりするのがお約束ってやつなんだろうけど……そうならなくて良かったというべきか)
大体の場合は男の方に非が無かったとしても謝り倒して許してもらいつつもどこか関係がぎこちなくなってしまうことになる。
しかし蒼芽には逆に謝られる事態となり、その後も特に変化は無かった。
修也としても蒼芽と気まずくなるのは避けたかったので、この結果に不服は無い。
(しかし他にやりようは無かったものか。例えば『力』で空気を箱状に固めてそこに蒼芽ちゃんを入れて押していけば……いやダメか。箱を引きずる音がやかましいな、きっと。だったら蒼芽ちゃん自体を固めれば……それは何の解決にもなってねぇや。固めて抱え上げたら普通に痛いし、かと言って引きずるのは倫理的にアウトだ。それにそれだと固める意味無ぇし)
眠気で思考に靄がかかっているからか、おかしな発想ばかりが浮かび上がってくる。
何にせよ終わったことを今更あれこれ考えても仕方がない。
自分自身でお互い様なんだからこの話はやめにしようと打ち切ったのだ。
今後そんな機会が訪れることも無いだろう。
修也はそんな結論に行きつき思考を止めて眠りに落ちるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第25話~
こんこん
『修也さーん、いますかー?』
それからしばらく経って、ノック音と共に蒼芽が部屋の外から呼びかけてきた。
しかし修也は寝ているので返事はできない。
『…………あれ? いないのかな?』
修也の返事が無いことを不思議に思った蒼芽がドアを開けて顔を覗かせる。
「あっ、何だいるじゃないですか…………って、修也さん寝てる……?」
そして修也がいたことに蒼芽は表情を綻ばせるが、修也が寝ているのを見て不思議そうな顔に変わる。
「珍しいなぁ、修也さんが二度寝するなんて。というか初めて見るかもしれない」
部屋に入り修也のそばまで寄ってきながらそう呟く蒼芽。
「……………………もしかしなくても、これ私のせいだよ、ね…………?」
寝ている修也を見下ろしながら蒼芽は表情を引きつらせる。
昨日は寝落ちした自分を修也はわざわざ運んでくれた。
そんな修也を無意識とは言えベッドに引きずり込み、両手両足に加えて顔まで修也に絡ませたまま一晩を過ごしたのだ。
自分はこの上なく快適で熟睡できたのだが、修也は絶対に寝苦しかったに決まっている。
「それでちゃんと寝られなかったから今こうやって…………本っ当にすみませんでした修也さん」
寝ている修也に対して小声で謝る蒼芽。
「修也さんは優しいからお互い様で手打ちにしようとは言ってくれたけど……それじゃあ私の気が済まないんだよね……全然割に合ってないし」
修也に体を触られる代わりに一晩抱き枕にするなど、蒼芽としてはどちらも得でしかない。
(…………好きな人とのスキンシップなんて、嫌な訳無いもんね)
修也の顔をじっと見つめながら蒼芽は頭の中で呟く。
「……よし、じゃあこれからはもっと気合入れて修也さんのお世話をしよっと」
そして自分にそう言い聞かせて意思を固めた。
「修也さんがここに来て良かったと思っててもらいたいし……そしてこれからもここで暮らしていきたいとも思ってほしいし」
蒼芽は将来の話をしている時に修也が複雑な表情をしていることに気が付いていた。
そういう時修也は大抵言葉を濁して明確な回答を避ける。
つまりいつかは舞原家を出ていく考えが修也にはあるということだ。
居候という立場である以上そう考えるのが自然だし当然だというのは分かっている。
でも蒼芽としては修也にいつまでもここにいてもらいたい。
一緒に暮らしていたい。
その為に蒼芽は全力で修也と楽しい思い出を作っているのだ。
せめて修也が自発的にここを出ていきたいと思わないように。
「……だから、ずっとそばにいさせてくださいね……修也さん」
寝ている修也の手をそっと握り、蒼芽はそう呟くのであった。
「……んーーー、よく寝たなぁ……」
それからしばらく経って修也は目覚めた。
眠気はきれいさっぱり消え去り、頭の中はスッキリしている。
「あっ、おはようございます修也さん」
そんな修也の横から声が飛んできた。
「…………あれ? 蒼芽ちゃん、ここで勉強してたのか?」
声の方を向くとそこには自分で持ってきた机に向かって勉強している蒼芽の姿があった。
「はい。修也さんが近くにいた方が集中できるので」
「寝てても?」
「はい。どんな状態でも関係無いみたいです」
修也の問いに迷うことなく答える蒼芽。
「何か……悪いことしたなぁ。起こしてくれて良かったのに」
「いやいや、私のせいで寝不足になったようなものなのにそんなことできませんよ」
「それを言ったら蒼芽ちゃんだって狭苦しかったんじゃないか? シングルベッドに2人で寝たわけだし」
「人生で一番の快眠でした!」
「あ、そうなの……」
胸を張って言い切る蒼芽を見て修也の肩に脱力感がのしかかる。
「由衣ちゃんが毎度修也さんに飛び付きたくなる気持ちが分かりますね。これは病みつきになりそうです」
「なるななるなこんなもんで」
「修也さんは自分の価値を分かってませんよ!」
「……俺の価値って抱き枕なの?」
妙に鼻息の荒い蒼芽を見て半眼になる修也。
「…………馬鹿なこと言ってないでテスト勉強進めようか。俺も準備するから」
「むぅー、本当のことなのに……」
起き上がり机に向かう修也を蒼芽は不満気に頬を膨らませながら見つめる。
「じゃあ立場を入れ替えて、俺が蒼芽ちゃんに抱きつきたくなるって言ったらどうすんの。そんなの」
「バッチコイです!!」
「……あぁそうだった、君はそういう子だったな……」
修也の言葉にかぶせ気味に何故か目を輝かせ両腕を広げ待ち受け体勢を作っている蒼芽に修也は肩を落とす。
「さぁそういう訳ですので遠慮なくどうぞ!」
「え? いや今のは仮の話で……」
「どうぞ!!」
「えぇー……」
一言ごとに一歩距離を詰めてくる蒼芽にため息を吐く修也。
「前々から思ってたけど蒼芽ちゃん、そういうことに抵抗全く無ぇのな。学園祭の時も普通に膝枕要求してきたし」
「まぁ修也さんですから。他の人にはそんなこと言いませんよ。という訳でどうぞ!!」
そう言ってさらに一歩詰め寄る蒼芽。
「そしてこうなったら文字通り一歩も引かねぇよな……っと」
色々と諦めた修也は蒼芽の背中に手を回し抱き寄せる。
「はぁーーーー……やっぱりこうしてると色々と癒されていくのが分かりますねぇ……体力気力集中力がガンガン回復していくのが分かります」
修也の背中に腕を回しながら蒼芽はしみじみと呟く。
「いくら何でもそんな目に見えた効果があるとは思えんが……プラシーボ的なアレじゃね?」
「良いんですよそれでも。要は私の気の持ちようなんですから。よーし気力も充実したことですしテスト勉強再開しますよぉー!!」
そう言って修也から離れ肩を回す蒼芽はやる気満々の様子だ。
「まぁ……蒼芽ちゃんのやる気が出たんなら良しとするか」
テスト勉強が苦手だと言っていた蒼芽がここまで前向きになるのは良いことだ。
そんな蒼芽に水を差すのもいけないので修也もテスト勉強の準備を進めるのであった。
「2人とも、テスト勉強の調子はどうですか?」
その後修也と蒼芽は昼食の時間まで黙々とテスト勉強を続けた。
階下から紅音が昼食の支度ができたと呼びかけたことで中断してリビングに下りる。
その席の途中に紅音がそう尋ねかけてきた。
「いやぁ今回は物凄く勉強できてる気がするよ。これも全部修也さんのおかげだね」
「全部は言い過ぎじゃねぇか? 自分でさっき言ってただろ、要は気の持ちようだって。つまりは蒼芽ちゃん自身がモチベーションを維持できてるからだ」
「いえ、全部修也さんのおかげと言っても過言ではないですよ。修也さんが来る前はこの子本当にテスト勉強が続きませんでしたから」
「そこまで……?」
「あはは、お恥ずかしながら……」
修也の言葉にバツが悪そうな顔をしながら蒼芽は笑う。
「それが今回は放課後に学校で勉強して、家に帰ってからも勉強して、昨日は寝落ちするまで勉強して……今日もさっきまで勉強していたんでしょう?」
「えぇまぁ。でも俺がどうこう言った訳じゃなくて、蒼芽ちゃんが自発的にやってますよ?」
「それも修也さんがいるからですよ」
「今朝は朝食後に俺は二度寝してましたけど蒼芽ちゃんは横でしっかりテスト勉強してましたよ?」
「あら……よく手を出さなかったわね、蒼芽?」
「出す訳無いでしょ!? 私を何だと思ってるのよ!」
いつもの紅音のぶっ飛び発言に蒼芽は机を叩いて立ち上がる。
「落ち着け蒼芽ちゃん。いつもの紅音さんの冗談だ」
「ですけど……!」
「じゃあ蒼芽は修也さんに手を出すような魅力が無いと言うのね?」
「そうは言ってないでしょ! ……あっ! だからと言って寝ている修也さんに手を出すつもりなんて無いですからね!?」
「あ、あぁ分かってる、分かってるから」
紅音に向かう剣幕のまま修也に詰め寄る蒼芽。
その形相に少し狼狽えながら修也は頷く。
「つまり寝ていないなら手を出す、と」
「違ーーーーう!!」
「紅音さん話がループしてますよ。今はテスト勉強の話でしょう?」
にこやかにトンデモ発言を続ける紅音に食って掛かる蒼芽に対し、修也はどこまでも冷静だ。
動じることなく話の軌道を修正した。
「蒼芽ちゃんはホント頑張ってますよ。テスト勉強が苦手だというのに毎日机に向かってるんですから。普段から勉強する習慣が身に付いてないのに普通こうはいきませんよ」
「そ、そうですか? えへへへ……」
修也に掛け値なしで褒められて蒼芽は照れ笑いを浮かべる。
「じゃあやはり修也さんのおかげですね。ありがとうございます」
「あれ、そうなるんですかね……?」
「修也さんが来てからの蒼芽は週末も早起きするようになりましたしね。良いことずくめです」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですね。お役に立てたようで何よりです」
「家の中でも服装に気を遣うようになりましたし」
「それは修也さんが来る前からそうだってば」
「どうです? こんな蒼芽をお嫁に貰いたくないですか?」
「お母さん!?」
「それは段階がぶっ飛びすぎでしょう。風が吹いて桶屋が儲かるなんてレベルじゃない」
「でも私にとって蒼芽は大事な一人娘ですから」
「その大事な一人娘を売りこむような真似するのはどうなんですかね?」
「でも昔は自分の娘を天皇の嫁に送り出していたという史実もありますし」
「いつの話してるんですか。紅音さん摂政でも目指す気ですか」
にこやかに話す紅音に対して修也は半眼で返す。
「ふふふ、どうかしら蒼芽? ある程度の教養が無いとこういう会話もできないのよ? 勉強って大事でしょう?」
「確かに頭が良くないとできない会話だとは思うけど……あまりこれを羨ましいとは思わないかなぁ」
「まぁそりゃそうだろうな。できたところで何の自慢にもならん」
「それを自慢にしないところが修也さんの良いところだと思いますよ?」
「あ、それは私も思う。修也さんって全く自慢しないし驕らないですよね。警察に感謝状を贈られるレベルことをやってるのに」
「んなことして何の得があるんだよ。それに引っ越す前はそもそも自慢する相手が」
「さぁーお昼ご飯にしましょういただきます!」
修也の言葉を強引に遮って蒼芽は昼食を食べ始める。
「えぇ……最後まで言わせてくれよ、俺の持ちネタなのに」
「毎度毎度やめてくださいよそんな自虐ネタ。修也さんは突っ込みの方が輝いてますよ」
「そんな輝き方は嫌だなぁ……」
「でも持ちネタにできる程修也さんの中で消化できたのは良いことなのではないですか?」
「あ、言われてみればそういう考え方もできますね」
引っ越す前の灰色エピソードを『ネタ』と言えるということは、修也の中でこれはもう完全に過去のことだと整理がついたとも言える。
だとすればそれは間違いなくこの町に引っ越してきたこと、そして蒼芽と出会ったことのおかげだろう。
そのことへの感謝をかみしめつつ修也も昼食を食べ始めるのであった。
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