「…………さて、霧生の赤点回避から始まって皆の勉強会に変わったわけだが……」
指導役となった塔次が教壇に立って修也たちを見回しながらそう切り出す。
「まず最初に断っておくが、俺が教えるのは勉強の方法ではない」
「はい? どういうことですの? 勉強会なのに教えるのが勉強の方法ではないんですの?」
「詳しい説明を求めますぞ氷室殿!」
塔次の言葉の意味が分からなかったのか、白峰さんと黒沢さんが疑問の声をあげる。
「人にはそれぞれ得手不得手・向き不向きというものがある。それゆえに一概に『この方法で勉強すれば誰でも成績が上がる!』というものは存在しない」
「言われてみれば確かになぁ……」
「文系の人に理系の勉強方法とか合わなさそうだもんね。逆もまた言えてるわ」
2人の疑問に答える塔次に彰彦と爽香が頷く。
「だから俺が教えるのは『勉強をする気にさせる』方法だ」
「勉強をする気にさせる……?」
「そうだ。球技大会の打ち上げの時にも話したが、何事においても結局のところは日々の積み重ねだ。それを苦と思うか否かが重要となる」
「つまり氷室の場合は勉強することを苦と思っていないから全国トップになれたわけだな」
「正確には『物事を知ること』を苦に思っていない、だな。俺の場合は」
修也の言葉を少し訂正する塔次。
「人間の欲というものだろうな。ひとつを知ればさらにもうひとつを知りたくなる。知れば世の理の一端に触れた気になる。だが世界にはまだまだ不可思議な現象が山のようにある。現代科学でも説明がつかないような事象にあふれている。土神や相川の超能力もそのひとつだろうな」
「そう言えば……何でこんな『力』が使えるのか……とか、原理を気にしたことなんて無かったな」
「よくよく考えれば不思議だよな。一般的な物理法則を無視してるようなもんだし」
塔次の話を聞いて修也は改めて自分の『力』のことを考える。
使えるようになったのがいつからだったのかはもう覚えていない。
瑞音の言う通り何故こんな能力があるのか、どういう原理で発動しているのかなんて考えたことも無い。
「話が逸れたな。土神たちの『力』の原理についてはここではひとまず置いておこう」
「……そうだな。今それはどうでも良いや」
「で、勉強をする気にさせる方法だが……これもまた一概にこれだというものは無い」
「おいおいじゃあこの勉強会は何の為に……」
「答えを急ぐな。俺が言いたいのは誰にでも有効な方法が無いというだけだ。人の数だけその方法はある」
戒の言葉に首を横に振りながら諫める塔次。
「なるほど、それを知って勉強に対するモチベーションを上げて、毎日勉強をするという習慣を身に付けようということだな?」
「そう言うことだ。では始めるとしようか」
修也の言葉に塔次は頷き勉強会を開始した。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第19話~
「……ところで、皆は勉強と聞いてどのようなものを想像する?」
「苦行」
塔次の問いかけに対して戒が即答する。
「勉強することを想像だけで頭痛と眩暈がしてまともに動けなくなるくらいだ」
「いやそれは大袈裟……でもないのか?」
朝陽菜がテストのことを話しだしただけで魂が抜けたかのような状態になっていた戒のことを考えると、あながち冗談や大袈裟ではないような気が修也はしてくる。
「霧生さんは大分特殊な例とするにしても……やはり楽しいイメージは湧きませんわね」
「自分も白峰殿と同じですな。必要故にやりはしますが、自発的にやる気にはあまりなれませぬ」
「俺は日課みたいな感じだから特にどうということは無いかな」
割とネガティブな回答をする白峰さんと黒沢さんに対し、修也はフラットな立場を示す。
修也は引っ越してくる前は友達と呼べるような存在がおらず、放課後一緒にどこかへ遊びに行くということも全くなかった。
当然部活動などもやってるわけではないので直帰していたわけだが、家でできることとなるとかなり限られる。
テレビゲームなどもやってはいたが、そればっかりでは飽きてしまう。
という訳で勉強以外にやることも無いのでそれが日課になったという訳だ。
「あら、言っちゃ悪いけど意外だわ」
「だなぁ。俺もあまり進んで勉強するタイプじゃないし、大体の学生はそんなもんだと思ってたけど」
「そうか? 学生である以上頭も鍛えないといけないだろ。私はその辺も手を抜くつもりはないぜ」
爽香と彰彦も白峰さんたち側なのに対し、どうやら瑞音はどちらかというと修也に近い立ち位置のようだ。
「……ふむ。まぁ土神や相川は稀有な例として、大体は仁敷たちのような考えの者が多い。それは否定しない」
皆の意見を聞いて塔次は深く頷く。
「だからまずは勉強は辛く苦しいものだという先入観を取り払う。どうせやるなら楽しい方が継続できるし良いだろう?」
「確かにそれはそうなのですが……」
「そんなことが可能なのですかな氷室殿?」
塔次の言葉に首を傾げる白峰さんと黒沢さん。
「ならば実例を見せてやろうではないか。戦国武将の織田信長は知っているか?」
「ええ、もちろん。日本史を学ぶ上で欠かすことのできない人物ですわ」
「数々の功績は小学校から学んでいる故、頭に焼き付いておりまする」
「俺もそれくらいなら知ってるなぁ」
塔次の質問に白峰さんと黒沢さんは普通に頷く。
流石の戒もここまでの偉人なら知っていたようだ。
「その織田信長だが……実は男色だったという説が」
「ななななななんですってぇぇぇぇーーーー!!? そ、それは本当ですの氷室さん!?」
「詳しく! その話、是非とも詳しく聞かせていただきたいですぞ氷室殿ぉぉぉぉーーっ!!」
だが次の塔次の言葉に2人は机を強く叩いて勢いよく立ち上がる。
その目はヤバいくらいにギラギラと輝いていた。
「あくまで『説』だ。各種文献を漁っているとそのような記述を見ることができる」
「もしその場合は相手は!? やっぱり蘭丸ですの!? それとも豊臣秀吉!?」
「もしかしたら……明智光秀の線もあり得ませぬか白峰殿!!」
「ほあああぁぁぁーーっ!? 黒沢さん、それは…………それはぁーーーーっ!!」
「捗る! 非常に妄想が捗りますぞおおぉぉぉー!!」
「ちなみに戦国時代から江戸時代にかけて、衆道という年長者と少年の間における男性間の愛の形態があったのだとか」
「ふぉおおおおぉぉぉぉーーーっ!! 堪りません! 堪りませんぞおおぉぉーーー!! どれだけ燃料を投下する気ですか氷室殿ぉぉぉーっ!?」
「私も体の奥底から湧き上がる律動を抑えきれませんわぁぁぁーー!」
追加された塔次の解説にさらにテンションを上げる2人。
鼻息は荒く目も血走っている。
見ていてちょっと怖い。
「どうだ、学校で教わる歴史の裏にこのような事実が秘められているとしたら勉強に勤しむことも苦ではあるまい?」
「えぇ、えぇ! 仰る通りですわ氷室さん! これなら24時間机に向かっていても全く苦に等なりませんわ!」
「自分も! これからは日本史の教科書を余すことなく穴が開くほど読みふけりますぞ!!」
「……ほぅ? 日本史だけで満足する気か?」
「!? も、もしや……!」
不敵に笑う塔次を見て白峰さんと黒沢さんの表情が驚愕に染まる。
「……もちろん、海外でもそのような事例は多数存在する」
「ほわああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!?」
「ふぉおおおぉぉぉぉーーーーーっ!!?」
そして塔次から述べられた言葉を聞いて2人とも大きく仰け反りビクンビクン震える。
なまじ外見が美少女なだけに非常にシュールな光景だ。
詩歌や由衣あたりが見たら泣きそうである。
「……と、このように自分の好きな物や興味のあるものと紐づければ良いのだ」
「なるほどなぁー……確かにそれなら続きそうだな」
「いやあの……俺はそんな話聞かされてもやる気には繋がらないんだけど……」
塔次の言葉に納得して頷く彰彦に対し、戒は困ったような顔で呟く。
「なるほど……我々のように第三者として話を聞く立場ならともかく、当事者の身からでは心には刺さりませぬか」
「そういう訳じゃねぇよ!?」
何やら分かったような雰囲気を出して頷く黒沢さんに突っかかる戒。
「案ずるな。ちゃんとお前向けの方法も考えてある。土神」
「ん? 何だ?」
「妹さんの連絡先は知っているな?」
「え、美穂さん? まぁ知ってるけど……それを何でお前が知ってんだ……ってのは愚問か」
まるで確定事項のように話す塔次に疑問が湧いた修也だが、すぐさまその疑問を引っ込める。
塔次は今までも理解の範疇を越えることを普通にやってきた。
それらのことを考えると修也が美穂の連絡先を把握していることを知っている程度は些細なものである。
「まぁお前の考えてることは分かった。ちょっと待ってろ」
そう言って修也はスマホを取り出し美穂に電話をかける。
『………………もしもし、土神さんでお間違いないでしょうか?』
数コールした後、美穂の声が修也のスマホから流れてきた。
「あ、美穂さん。突然の電話すみません。今時間大丈夫ですか?」
『はい、授業も終了して帰るところです。何か私にご用事ですか?』
「そうなんです。あ、でもその前に……先日はありがとうございました。美穂さんのおかげで無事学園祭を楽しむことができました」
美穂のおかげで修也は学園祭における衣装の問題を解決できた。
そのことの礼をまだ言えてなかったのでこの場で礼を言う。
『いえ、私は姉さんや祖父母の件での恩返しをさせていただいただけですので』
「いやそんな大したことは……と言うのも失礼な話か。相手がどう思うか、ですもんね」
『そういうことです。大事なのは相手を思いやる気持ちです』
修也の言葉に美穂は柔らかい言葉で返す。
『それで本題は何でしょうか?』
「あ、それなんですけどね。来週俺たちの学校で試験があるんですよ」
『そうですね。私の所でも定期試験が行われます』
「で、まぁ……俺たちは良いとして、霧生のやつが普段からあまり成績が良くなくてですね」
『はい、それは初めてお会いした時から伺っております。あ、戒さんの成績を上げるために協力してほしいということでしょうか? でしたら私が懇意にさせていただいている家庭教師をご紹介しましょうか?』
この電話の意図を察知した美穂がそのような提案を出してくる。
「いえいくら何でもそこまでしていただくわけには……そうではなくて美穂さんにはただ霧生を応援していただければ良いんです。最悪赤点取って補習とかになったら今度の旅行に参加できなくなる恐れがあるので」
『まぁ……それは大変ですね。分かりました、私で良ければ応援させていただきますね。土神さん、戒さんはそちらにいらっしゃいますか?』
「ええいますよ、ちょっと代わりますね…………ほれ霧生、美穂さんがお前を応援してくれるってよ」
「ま、マジで!? ち、ちょっと待ってくれ心の準備をするから」
そう言って戒は何度も深呼吸をしてから、震える手で修也のスマホを受け取った。
「も、もしもしっ! お電話代わりましたっ!」
そして少し上ずりながら電話に出る。
「…………これで良かったのか?」
スマホを渡した後、修也は塔次にそう尋ねる。
「うむ、まさに模範解答だ」
「まぁ霧生にやる気を出させようってなら美穂さんを頼るのが最適解だわな」
修也はそう言いながら横目で戒を見る。
その戒は話しながら何度も頭を下げている。
電話なので美穂に見える訳は無いのだがそのことに気づいている様子はない。
まぁこれは戒に限らず日本人ならついついやってしまう癖のようなものだと修也は思っているので、それについてどうこう言うつもりは無い。
「……はい、はい! 俺頑張ります! テストが終わったらぜひ一緒に行きましょう! それでは!」
そんなことを修也が考えているうちに戒は美穂との電話を終わらせたようだ。
「で、やる気は出たか?」
「ああ、美穂さんと約束したからな!」
そう言って戒は強く握りこぶしを作る。
十分すぎる程気合は入ったようだ。
「おー、やっぱ彼女の存在ってのは大きいものなんだなぁ」
その様子を見ながら彰彦が呟く。
「いやお前だっているじゃねぇか目の前に」
「そうねぇ……じゃあテストが終わったら2人でアミューズメントパークにでも行く?」
「……それ仁敷のメンタルが死んでしまわないか?」
爽香があそこに行く目的は間違いなくあの最恐ジェットコースターだろう。
あんなものに1日乗せられたら修也でもグロッキー状態になってしまう自信がある。
「……大丈夫だ、5回目くらいから何も感じなくなってくるから……」
「それ明らかに大丈夫じゃないやつ! 爽香、頼むからせめて連続は止めてやれ! 仁敷の意見も少しは尊重してやってくれ!! 他にも楽しめる要素はあるだろ!?」
彰彦の目から光が失われていっている気がした修也は割と真剣なトーンで爽香に訴えかける。
「…………まぁそうね。たまには新境地を開拓してみるのもアリかもね」
「………………ありがとう土神……恩に着る」
「お前もマジで苦労してんのな……」
修也の訴えを受け入れた爽香を見て、彰彦がこっそりと修也にそう耳打ちしてくる。
そんな彰彦に修也は同情を禁じ得ない。
「そういや霧生、何かテストが終わったら一緒に行くとかさっき言ってたけど」
話を切り替えるために修也は話題を戒に戻す。
「そうなんだよ! お疲れ様会という名目でモールのレストランを食べ歩きしようって話になったんだ!」
「レストランは食べ歩きするものじゃねぇからな? ……にしてもマジでやるとは……」
先日の蒼芽とのデートの時に冗談半分で言ったことをまさか本当にやるとは思わなかった。
レストランの食べ歩きと言う普通ならまず聞かない言葉に修也は大きくため息を吐くのであった。
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