守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第29話~

「お前はお呼びじゃねぇ、とっとと帰れ」

修也は猪瀬に向かって手で追い払う仕草をしながらそう言う。

「ふん、生憎下級庶民の戯言に耳を貸すなどという下賤な趣味は持ち合わせていないのでね」

それに対し猪瀬は鼻で笑い、修也の隣に立っていた美穂に視線を向ける。

「僕に会う為にこのようなところまで足を運んでいただくとは恐縮です、美穂さん」
「…………はい?」

猪瀬の言葉に首を傾げる美穂。

「……え、美穂さん、コレと知り合いなんですか?」

美穂を知っているような猪瀬の口振りが気になって修也は美穂に尋ねてみる。

「ええ……家同士の交流会で顔を合わせたことは何度かあります」
「あぁ……資産家同士だとそう言う付き合いもあるんですね」
「しかし美穂さん、最近のあなたのお姉さんの態度は正直言ってよろしくない」
「そうですか? 最近の姉さんは毎日が楽しそうで私としては好ましく思いますが」
「何を仰りますか。この僕が婚約者にしてやると言っているのに喜ばないなど無礼に過ぎる」
「姉さんがどのような人間関係を築くかは姉さん本人が決めることです。他の人が決められることではありません」

猪瀬に対しても丁寧な対応をする美穂。
それでも華穂程あからさまではないものの不快感と拒絶感が見て取れる。

「全くあれでは先が思いやられる。早く僕の生涯のパートナーになれることのありがたさを知ってもらわないと」
「ですからそれは姉さん自身が決めることです。周りがとやかく言うことではありません」
「あっ、やっほー! 待っててくれたんだ土神……くん……」

そこに校舎から出てきた華穂が修也の姿を見つけて大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
しかし途中で猪瀬の姿も見つけてしまったことで華穂のテンションが一気に下がる。

「やはりここで待っていて正解でした。以前教室まで足を運んだ時は入れ違いになってしまいましたからね」
「……できればこのまま一生入れ違いになっていてほしかったですけどね」

相変わらず猪瀬と話す時だけは態度と目が絶対零度の華穂。
しかし猪瀬はそれを気にする素振りすらない。

「しかし、僕以外の男と話すのはいただけない。もっと僕の婚約者であるという自覚を」
「何度も言ってますがあなたの婚約者になどなった覚えは無いしこれからなる予定もありません」

華穂は猪瀬の言葉を途中でバッサリとぶった切る。
それでも猪瀬は全く聞く耳を持たない。

「……コイツ言語理解能力欠如してんじゃね……?」
「俺でも良い感情を持たれてないって分かるのに……」
「そのような態度を取られ続けたせいで慣れて耐性がついたのであろう」

彰彦たちも猪瀬のスタンスに怪訝な顔をする。

「やれやれ強情な人だ……そこまで言うのであれば……美穂さん、あなたでも良い。僕の婚約者になる栄誉を授けましょう」
「は?」

信じがたい発言を放つ猪瀬に、修也たちの言葉がピッタリと重なった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第29話~

 

「いや……え? コイツ何言ってんの?」

修也は今の猪瀬の発言の意図を理解できず困惑する。

「姫本先輩に脈が無いから妹さんに乗り換えようという魂胆なのだろうが……理解に苦しむな。誠実さに欠ける」

塔次が不快な物を見るような目で猪瀬を見る。

「ふんっ……下級庶民にはこの高尚な考えは理解できまい」
「理解したくもないわそんなもん」
「僕に必要なのは姫本家との繋がり。その目的が達せられるなら過程がどうであろうと些末な問題でしかない」
「うーわ、引くわー……つまり姫本先輩個人を見ず、後ろの家柄だけ見てるってことだろ……?」

彰彦が心底軽蔑した目を猪瀬に向ける。

「だから美穂さん、僕の将来の為にあなたには礎になってもらいたい」
「……本心で言ってるあたりタチ悪ぃ……」

猪瀬の目は大まじめだ。
つまり言っていることは本当に思っていることなのだろう。
なので余計に始末に負えない。

「……申し訳ありません。その言葉をお受けすることはできません」

それに対して美穂は丁寧に頭を下げて断る。
猪瀬相手でも丁寧に対応するのが美穂らしい。

「そりゃそうだ、あんなんで喜んでOKする人なんていないだろ」

当然だと言わんばかりに溜め息を吐く修也。

「ええ、土神さんの仰る通りです。それに……私にはもう心に決めた人がいるのです」
「えっ」

だがその次の美穂の予想外の言葉に修也は耳を疑う。

「えっ? それは私も初耳だよ美穂ちゃん!」

美穂の言葉を聞いた華穂が意外そうな顔をしつつも興味津々で美穂に詰め寄る。

「ふっ、なるほど……僕からの言葉を受けるのではなく自分から婚約者としての名乗りをあげたかった訳ですか」
「いやどういう解釈してんだコイツ」

異次元の解釈を成し遂げた猪瀬に呆れることしかできない修也。

「良いでしょう! ここには証人となる人間が何人もいる。下級庶民なのは些か不服ではあるが目を瞑ってあげましょう。さぁ思い知らせてあげなさい美穂さん!」

半眼で睨む修也を無視して高らかに声をあげる猪瀬。
両手を広げて受け入れ態勢を作っている。

「私が心に決めたのは……」

そう言って美穂は足を前に進めて……

「……この方です」

戒の腕をとった。

「えっ?」

美穂の行動に修也と彰彦は唖然とし……

「は?」

猪瀬は両手を広げたまま硬直し……

「あぁー……」

華穂はどこか納得したかのように頷き……

「ふっ……」

塔次はなぜか含み笑いをし……

「え……ええええええぇぇぇぇぇーーーーー!!?」

指名された戒は大きく仰け反り驚いた。

「この方……霧生さんこそが、私が心に決めた方なのです」
「えっ、あっ、うっ、おっ、いっ……あ、あばばばばば……」

突然の美穂のカミングアウトに戒は完全にテンパってしまっている。

「落ち着け、気をしっかり持て霧生!」

そう言って修也は戒の背中のちょうど鳩尾の裏側にあたる位置に掌底を叩き込む。

「はっ!?」

修也の喝により戒は正気を取り戻したようだ。

「えっ、土神くんそんなこともできるの?」
「いや……適当に衝撃与えとけば何とかなるかなーって」
「適当なのかよ! それでホントに何とかなってる霧生もそれはそれでスゲェな……」
「えっ、いや気持ちは嬉しいけど何で俺なんですか? 自分で言うのも何ですが、俺頭悪いし筋トレと飯のことばっかり考えてるようなやつですよ?」
「あー、うん。そこについては私が説明するよ」

疑問が抜けない戒に対して華穂が説明に入る。

「ほら、私たちってこういう家柄でしょ? だから小さい頃からそういう人たち同士の交流会とかに結構顔を出してたんだよ」
「あー、そういやさっき美穂さんもそう言ってたなぁ」
「そう言う場では子供の顔見せと言う名目で挨拶に伺うことも少なくはないのです」

美穂も華穂の説明に加わる。

「中には早いうちから自分の子供を売り込んで繋がりを強めようとしてくる家もあったんだよね」
「うわぁ、そういうのっててっきり創作話の中だけだと思ってたけど本当にあるのか……」
「あ、私たちの両親と祖父母はそういうことを嫌っていましたのでしていませんよ?」

嫌そうな顔をして呟く彰彦に美穂が注釈を入れる。

「で、そう言う所の子って大体お金持ちなのを鼻にかけた、どうにもいけ好かない子が多くてね」
「何? そう言うのってマニュアルでもあんの?」
「ふむ……統計を取ってみるのも面白いかもしれんな」
「だからね、私も美穂ちゃんもいわゆる『おぼっちゃま』ってタイプがどうにも受け付けられなくて」
「なるほど……で、全く正反対のタイプの霧生はむしろ好感の対象ってわけか」

修也としては、ガリヒョロもしくは贅肉だらけで身の回りのことは何でも使用人にやらせ、自分では何もできないくせにプライドだけは無駄に高いというイメージが『おぼっちゃま』という人物像にはある。
戒は見た目の時点でもう正反対である。
ちなみに『お嬢様』に対しては無駄に高慢でやたらと高笑いしていてこちらもまた無駄にプライドが高いイメージがあったのだが、姫本姉妹と知り合ったことでそれは粉々に砕けた。

「それに、私は見た目に反して食事量が多いのは土神さんもご存じだと思います」
「ええ、まぁ……でも一般的な同世代の女性と比べてちょっと多いんじゃね? 程度だと俺は思いますが」
「皆さんが全て土神さんと同じような考えだったら良かったのですが、残念なことにそれは少数派のようでして……」

そう言う美穂の表情は微妙に陰っている。

「交流会では当然食事も出るのですが、その時の私の食べる量を見た時にあり得ないものを見るような目をする方ばかりだったのです」
「はぁ!? 何だそれ! うまい物を食べたいと思うことに男も女も無いだろうが!」

美穂の話を聞いて憤慨する戒。

「そう、それです」

そしてその戒の言葉を聞いて柔らかく微笑む美穂。

「え?」
「私はご飯をおいしく食べたいだけなのにそんな目を向けられるのが辛かったのです。でもそんな中、霧生さんの仰ったあの言葉は私の心にとても響きました」
「お、俺は思ったことを言っただけで……」
「つまりそれが嘘偽りのない霧生さんの本音と言うことでしょう? 言葉に裏が無い正直さも私的には好感が持てます」
「霧生の場合は頭に『馬鹿』が付きますけどね」
「うるさいな!」

彰彦の横槍に突っ込む戒。

「それで……いかがでしょうか? 霧生さんさえ良ければ……私とお付き合いしていただけませんか?」

そう言ってじっと戒の目を見る美穂。

「えっ、いや……あの……」

真正面から美穂に見つめられて真っ赤になって慌てふためく戒。

「おいおい霧生、何を悩む必要があるんだよ」
「そうだぞー、こんな美人さんに付き合ってって言われるなんて人生で1度あるかないかくらいの超レアイベントだぞ」
「それともアレか? 実はソッチの気があるという噂は本当だったのか?」
「違ぇよ!? てか外野うるさいよ!!」

修也たちの囃し立てる声に突っ込む戒。

「あの、お嫌なのでしたら……」
「えっ!? いえいえそう言う訳じゃないんです!! ただ……付き合うって言われても、何をしたら良いのか分からなくて……」
「……そうですか」

戒の言葉に目を伏せる美穂。

「……では言い方を変えましょう」

しかしすぐ目線を元に戻した。

「私と一緒に色んなおいしいものを食べ巡ってくれませんか?」
「喜んで!」

言い方を変えた美穂の言葉に今度は即答する戒。
その目に迷いは一切無い。

「結局飯か」
「まぁお互い納得してるんなら別に良いんじゃないの?」

呆れたように呟く修也と彰彦。

「うふふ、これからよろしくお願いしますね、戒さん」
「うぇっ!!? い、今俺のこと下の名前で……」

美穂が呼び方を変えたことに再び気が動転する戒。

「……? お付き合いするならこれくらいは普通ではないでしょうか?」

そんな戒を見て不思議そうな顔をする美穂。

「あ、でも陣野君と佐々木さんは付き合ってるのに苗字呼びだったなそう言えば」
「あぁ……そう言えばそうでしたね。それぞれ色んな形があるということでしょうか?」
「そ、そうですよ。付き合うからって別に名前呼びじゃなくても……」
「けど、せっかくなら私は名前でお呼びしたいです」
「……うん、そう言う訳だ、霧生」
「いやどういう訳だよ!?」

肩を叩き諭すように言う修也に突っ込む戒。

「まぁせっかくなんだし今から2人でどっかデートにでも行って来たらどうだ? 俺たちのことは気にしなくていいから」
「うん、そうだね、それが良いよ! 行ってらっしゃい美穂ちゃん、霧生くん」
「ではお言葉に甘えて行ってまいります」

そう言って戒の手を取り歩き出す美穂。
戒は引っ張られる形で美穂の横を歩くことになる。
そんな2人を手を振って見送る修也たち。

「待て! 待てぇぇぇ!!」

そこに不愉快な叫び声が割り込んできた。

「…………あー、忘れてたや」
「……私は忘れてたかったよ」

その声を聞いてげんなりとした表情になる修也と華穂。

「美穂さん! 何故僕の婚約者になれるという栄誉を捨ててそのような粗野な下級庶民についていくのですか!」
「それ栄誉じゃなくて罰ゲームだろ」
「それね」
「……くそっ! 全部……全部お前のせいだ……!」

そう恨み言を呟いて修也を睨む猪瀬。
だが悲しいかな、迫力と言うか威圧感がまるで無い。
もちろんそんな睨みで修也が怯む訳が無い。

「……こうなったら……直接僕が手を下してやる! 決闘だ!!」

猪瀬は修也をビシッと指さしてそう叫ぶ。

「断るっ!」

それを秒で切り捨てる修也。

「はっ、僕に恐れをなしたか? だがな、下級庶民のお前に上級国民の僕の言うことを断る権利なんて」
「いやそれ普通に犯罪だから」
「はぁ? お前は馬鹿か? そんなことで犯罪になるわけ……」
「ほぅ……知っていたのか土神、決闘罪のことを」
「……は?」

修也の言葉を馬鹿にしたように鼻で笑っていた猪瀬だが、割って入った塔次の言葉でその表情が固まる。

「ああ、以前テレビで見たことがあるんだ。詳しいことは知らないけど」
「ふむ、ならばこの機会に知っておくと良い。決闘罪とは決闘を申し込んだり受けたりした場合6か月以上2年以下の懲役が科されるものだ。さらに実際に決闘を行った場合2年以上5年以下の懲役となる」
「な……」
「だから土神、先程即答で断ったのは良い判断だ。それならばお前が罪に問われることは無い」
「……あれ? じゃあ一昨日俺と組手やったのもまずいんじゃあ……?」

塔次の解説を聞いて焦る戒。

「いや、あれはいわゆる『試合』だろ。お互い怪我が無いようにって取り決めもしてたし」
「うむ、それならば問題ない。万が一負傷していたとしてもそれは自己責任というものだ」
「そ、そうか……なら良かった」
「しかし猪瀬、貴様の場合はそうはいかん」

そう言って猪瀬に鋭い目を向ける塔次。

「貴様は先程堂々と『決闘』と宣言した。明らかに決闘を申し込んだ。これは決闘罪に抵触する。こうなることを想定して録音しておいたから言い逃れはできんぞ?」
「ぐっ……!」
「よく想定できたな?」
「この程度造作もない。なお決闘罪は懲役刑のみで罰金刑は無い。だから貴様お得意の手法である金に物を言わせることもできん。土神の裁量次第で刑務所に入るかどうかが決まる」
「な……」
「俺としては華穂先輩や美穂さんに金輪際言い寄ってこなければそれで良いんだが……」
「……だそうだが?」
「……くっ、くそっ!!」

それだけを吐き捨て、猪瀬は修也たちをひと睨みして逃げ出していった。

「……まぁ実際は厳重注意で終わることが殆どのようだがな」
「いや遅いって」

やれやれと両手を肩の高さに上げるリアクションをする塔次に突っ込む修也。

「これで諦めてくれると良いんだけど……」
「だから先輩、それフラグだって」

不穏なことを呟く華穂に対し、修也はそっちにも突っ込みを入れるのであった。

 

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