「七瀬さんの用事って、藤寺先生と会うことだったんですね」
先程まで不破警部が座っていた席に座る陽菜を横目に、修也は優実に問う。
「そういうこと。同じ町に住んでるし、こうやって定期的に集まって近況報告とかしてるのよ」
「まあプチ女子会って感じかな!」
「そう言うのって普通週末にやりません?」
修也のイメージとしてはそう言った食事会は翌日が休みの日にやるものだと思っていた。
「別に週明けにやったって良いじゃん!」
「えぇ……」
陽菜の言い分に眉を顰める修也。
「それに私は週末でも仕事の日があるからね」
「あ、そっか」
しかし優実の言い分を聞いて合点がいったかのように頷く。
陽菜はともかく優実の職業は警察官だ。
土日に出勤することになる日があっても不思議ではない。
「じゃあ俺はお邪魔でしょうからこの辺で……」
そう言って修也は再び席を立とうとするが……
「まぁまぁもうちょっとくらい付き合ってよ。せっかくなんだしさー!」
陽菜に絡まれ引き留められた。
「何がせっかくなんですか」
「良いじゃん! こんな巨乳美少女教師と一緒に食事できる機会なんてめったにないんだよ?」
「先週あった気がしますけどね」
「お、巨乳美少女教師のくだりにツッコミが無いってことは土神君もついに私が巨乳で美少女だと認めてくれたんだね!?」
「突っ込むのがめんどくさいだけです」
「えぇー、そんなんじゃ笑いのテッペンは取れないよ!?」
「それは白峰さんと黒沢さんに譲ったはずですが」
「陽菜……あなた、土神君にまでそんなめんどくさい絡み方してるの?」
修也と陽菜のやり取りを横から見てた優実が呆れながら呟く。
「めんどくさいとは失礼な! 教師と生徒の他愛もないコミュニケーションだよ!」
「……まぁ、おかげさまで転校初日で速攻クラスに馴染めましたけど」
「あぁ、確かに陽菜はその辺物凄く得意よね」
「へへんっ! まーね!」
そう言ってドヤ顔で胸を張る陽菜。
「ところでこのプチ女子会とやらは2人でやるんですか?」
修也はちょっと気になったので聞いてみる。
流石にこれ以上人数が増えると疎外感がハンパなくなるか、変に注目の的になってしまう。
「いいえ、後もう1人来るわよ」
「だったらその1人が来る前に俺は帰ります」
そう言って三度席を立とうとした修也だが……
「やーやー揃ってるね! 遅れてゴメンよぅ」
パンツスーツを着たセミロングの金髪の女性がテーブルにやってきた。
「やほー、瀬里」
「お疲れ、瀬里」
その女性に対し、陽菜と優実が声をかける。
「うんうん、陽菜も優実も元気そうだねぇ。……ところでこの男子高校生はだぁれ?」
瀬里と呼ばれた女性が修也を見ながら陽菜と優実に尋ねる。
「私が担任している生徒だよ」
「えぇ……優実、あなたいくらモテないからって陽菜に高校生の男の子紹介してもらうのはどうなの?」
「……蹴り飛ばすわよ?」
憐れむような目をして聞いてくる瀬里を睨む優実。
「やーね、冗談よ! 変わりなく元気そうで安心したわ!」
そう言ってころころと笑う瀬里。
「……七瀬さん、ホンットお疲れ様です」
「ありがとう土神君。そう言ってくれるのはあなただけよ」
まだ何もしていないのに疲労感が表情に滲み出てきた優実に、修也は心からねぎらいの言葉をかけるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第3章 第3話~
「陽菜はもちろんだけど優実とも知り合いみたいだし、私も自己紹介しとくね。高代瀬里(たかしろ せり)だよ。よろしくね!」
そう言って修也に向けて自己紹介する瀬里。
「土神修也です。藤寺先生にはお世話になってます。お三方は高校からの付き合いなんですか?」
「そーそー、高校時代からずっと縁が続いてるのよね。『縁起物三人組』とかよく言われたものよ」
「え、何ですかそれ」
瀬里が言ったよく分からない名称に首を傾げる修也。
「土神君、君は初夢に見ると縁起が良いって言われるものを知ってるかい?」
「え? 確か……『一富士二鷹三茄子』でしたっけ」
「その後は『四扇五煙草六座頭』と続くのだけど、まあその3つを知ってるなら十分よ」
修也の答えに優実が補足してくれる。
「へぇー……4つ目からは知りませんでした。で、それが何なんです?」
「つまり、一富士!」
そう言って指を1本立てる陽菜。
「二鷹!!」
続いて指を2本立てる瀬里。
「……三茄子ってわけ」
最後に優実が小さく呟く。
「ああつまり、それぞれの苗字が対応している、と……でも藤寺先生と高代さんはともかく、七瀬さんは大分こじつけのような……」
「語呂合わせってそんなものよ」
「そんなもんですか」
「で、さぁ? どうしてこの土神君がここにいるわけ?」
瀬里が不思議そうな顔をして尋ねてくる。
確かに瀬里からすれば何の関連も無い修也がこの場にいることに疑問を持つのは無理も無い話である。
「優実に紹介するために陽菜が連れてきたんじゃないとすると……」
「私の仕事で用事があったのよ」
「え、優実の仕事って警察だよね? だとすると……何かやらかしちゃった? 結婚詐欺とか」
「……これ、突っ込んだ方が良いやつですか?」
「……キリ無いからスルーをお勧めするわ」
なかなかぶっ飛んだ発言をする瀬里に困惑する修也。
「そうじゃなくて、逆に事件解決に一役買ってくれてたのよ」
「え、また何かあったの? 先週の不法侵入者に続いてよく事件に巻き込まれるねぇ、土神君」
「ん? キミ、あの事件の関係者なの!?」
陽菜の言葉を聞いた瀬里が目を輝かせて修也に詰め寄る。
「関係者どころか当事者だよ土神君は」
「なんですとぉっ!!? 鴨がネギだけじゃなく醤油とワサビと岩塩まで背負ってきたぁっ!!」
「え、何ですか急に。あと組み合わせが意味分かりません」
物凄くテンションの上がった瀬里に引き気味の修也。
「いやぁ私って週刊誌のライターやってるんだけど、それとは別に個人でブログやってるんだよね」
「……ん? ブログ? えっと……高代さん、名前が瀬里でしたよね?」
修也は以前紅音が教えてくれたブログのことを思い出していた。
あれの執筆者はSERIという名前だったはずだ。
「お、その反応はもしかして私のブログ読んでくれたのかな!?」
「あ、やっぱりあれは高代さんのブログでしたか。なかなか尖ったブログですね」
「いやぁ、それほどでも」
修也の言葉に照れ笑いを浮かべる瀬里。
「多分褒めてないわよそれ」
という優実の言葉は耳には入っていないようだ。
「で、読んだなら分かると思うけど、個人的に気になった事件とかニュースとかを調べて記事にしてるんだよね」
「みたいですね。で、あの事件も調べてみようと思った訳ですか」
「陽菜の勤めてる学校だったから気になってたんだよねぇ」
「あー、その日のうちに連絡してきたもんね」
「でもやっぱり個人じゃ調べられる範囲に限界があったのよ。優実もあまり立ち入ったことは教えてくれないし」
「当たり前でしょ。守秘義務というものがあるのよ」
瀬里の不服そうな視線をさらっとかわす優実。
「でも当事者に聞けるなら話が早い! これなら守秘義務も関係無いしね!」
「いや、当事者と言っても犯人の背景については何も知りませんよ」
「それでも当事者から話を聞けるってのは貴重な経験だよ! ささ、ここのお代は私が出すから詳しい話を聞かせておくれよ!!」
「やりぃ! ゴチになります!!」
「あら、太っ腹ね瀬里。そういうことなら遠慮なく」
「ちょっ!? アンタらには言ってなーい!」
奢り発言に乗っかる陽菜と優実に対し訂正に入る瀬里。
「何と言うか……仲良いですね」
「まーね。高校からずっとつるんできてる間柄だし」
「これだけ長くいれば気心も知れるってものよ」
「土神君も長く付き合える友達見つけられると良いね? ま、陽菜のクラスなら心配はいらないか!」
そう言って笑い合う3人が修也は羨ましかった。
友達自体が転校してくる前にはいなかったからだ。
(何でも言い合える友達、か……)
友達ならこの町に引っ越してきてから何人もできた。
特に蒼芽は今まで誰に対しても秘密を貫き通してきた『力』のことも話せる間柄である。
(でも、蒼芽ちゃんは友達とはちょっと違うよなぁ……? 前にも思ったけど)
もちろん良い意味で、である。
蒼芽はただの友達で片付けて良い間柄ではない。
しかし、友達でないなら何なのかと問われたら回答に困る修也であった。
「それじゃあ今回の女子会を始めよっか!」
「そうね。今回は瀬里の奢りだし目一杯食べましょ」
「だからアンタらには言ってないって! 冗談はその優実の胸だけにしてよね!」
「……ハラワタ抉り取るわよ?」
「どうしたんですか七瀬さん!? 発言が急にグロいですよ!」
優実らしからぬ発言に驚く修也。
「あっはっは、優実も相変わらずだねぇ!」
そんな優実の様子を見て大笑いする瀬里。
「全くもう……」
それに対し深く長い溜息を吐く優実。
「七瀬さんに一体何が……」
「土神君、私はもちろんだけど実は瀬里も結構胸大きくてさ。3人並ぶとどうしても優実だけが逆目立ちしてねぇ。そのせいでこの手の話題になると優実はやさぐれるんだよ」
「えーっと……」
何と言えば良いのか分からず言葉に詰まる修也。
言われてみれば確かに、陽菜ほどではないが瀬里もかなり大きい。
そしてその2人と並ぶと優実が見劣りしてしまうのは否定できない。
「……私の名誉のために言っておくけど、この2人が大きすぎるだけで私は普通よ」
修也と陽菜の話を聞いていた優実が吐き捨てる様に呟く。
「……と言うか一般的に言えば私だって大きい方なのよ他の人と並んでたらそんな事無いのにこの2人と並んでたら残念な目で見られるのよ何なのよあのデカ乳は日本人の平均を大きく逸脱しすぎなのよ何度も言うけど私は平均より上なのよ何で気の毒な目をされないといけないのよ……」
「あ、あの……七瀬さん? 酔ってませんよね?」
「あー、優実は胸の話題になるといつもこうだよ」
「普段はクールビューティ―を地で行ってるのにこの時だけは残念美人だよねぇ」
あまりにも違う普段の優実との差に狼狽える修也と、いつものことと軽く流す陽菜と瀬里。
「放っておいて良いんですか?」
「まぁ別に周りに危害を加えるわけじゃないしー」
「それよりも土神君に事件の話聞きたいしー」
「……ステキな友情デスネ」
そんな2人を修也は褒める。もちろん皮肉を込めて。
「……というか大きけりゃ良いってもんじゃないのよ小さいものには小さいなりの良さがあるのよああでもその前に私は小さくないわよ普通なら大きい部類に入るのよ陽菜と瀬里が大きすぎるせいで比較されて小さいと思われるのよ全く男共は皆陽菜と瀬里の胸ばかり見やがって知ってるんだからね学生時代裏で私のことを『3人の中で一番胸の小さい奴』って言ってたの……」
ちなみに優実はまだブツブツと1人で呟いていた。
「しかしよくもまぁ息継ぎ無しであれだけつらづらと言葉が出るなぁ七瀬さん」
「と言うか優実ー? ここには土神君っていう男子高校生もいるんだから程々にしときなよー?」
「……はっ!?」
陽菜に声をかけられて我に返った優実。
「ほらね、酔ってるわけじゃないからこうやって声をかけたらすぐ治まるんだよ」
「いつもは面白いからしばらく放っておくんだけど、流石に男の子には刺激が強いかもしれないからねぇ」
「大丈夫です。普段の藤寺先生の方がよっぽどアレです」
「……陽菜、アナタ普段どんな教育をしているの?」
復活した優実が陽菜を半眼で睨みながら詰問する。
「いやー、私は至極真っ当なことしか教えてないよ?」
「ブルマを布教することが真っ当なんですか」
「あったりまえじゃん!」
「はぁ? 陽菜、アナタまだそんなこと言ってるの!?」
陽菜の言葉を聞いた優実がテーブルをたたいて立ち上がる。
(お、もしかしてこれは七瀬さんが藤寺先生を止めてくれるパターンか!?)
長い付き合いがあり、しかも真面目な優実なら陽菜を止めてくれるかもしれない。
修也はそう期待したのだが……
「ブルマよりも短パンの方が良いに決まってるでしょ! 脚が長く見えるし下着がはみ出るリスクも無いし!」
「……え?」
優実の口から出てきた言葉は修也の期待からは外れたものだった。
「分かってないなー優実は! ブルマだって脚が長く見えるし、布地の少ない下着を履いてりゃはみ出たりもしないよ! そーゆーの履かない真面目な優実には分からないかもしれないけどさ!!」
「そう言うのは履いてる気がしないから嫌なのよ! 下着は機能性第一! ビジュアル面を気にする必要なんて無いわよ! 誰にも見せないものなんだから!」
「見せないからこそ際どいのを履くスリルが面白いんじゃないか!」
「それでブラウスのボタンが全部弾け飛んで公衆の面前で大公開してりゃ世話無いわね」
「ぬああ止めろそれは黒歴史だ! しかもそれは下じゃなくて上の下着の話でしょうが!」
「…………」
段々とヒートアップしてきた陽菜と優実を呆然と見つめる修也。
(……何と言うか、性格的に全然合わなさそうな藤寺先生と七瀬さんが友達でいられる理由が分かった気がする……)
言いたいことを遠慮なくハッキリと言える。
簡単そうに見えて実はとても難しいことなのだ。
相手が傷ついて今までの関係が壊れてしまうかもしれないと思うとなかなか踏み出すことはできないものなのだ。
「凄いでしょ? ああやって激しく言い合っても翌日には普通に元通りなんだよ」
修也の表情から思考を読み取ったのか、瀬里が話しかけてきた。
「でもアレ止めなくて良いんですか? さっきよりも際どい話してる気がしますけど」
「そうだねぇ……じゃあそろそろ」
「……」
そう言って瀬里が二人の方を見る。
それをじっと見つめる修也。
「私も参戦すっか!」
「そんなこったろうと思いましたよ!」
やる気マンマンの瀬里に突っ込む修也。
「こらー! 2人ともスパッツのことも忘れるなー!」
「……高代さんはスパッツ派なのか……」
もう修也は何に突っ込めば良いのか分からなくなってきた。
「おぉ来たな瀬里! 今日こそはブルマの良さをその身に叩き込んでやる!」
「いいえ、私が短パンの魅力を知らしめてあげるわ!」
「スパッツは着圧効果もあるから脚が細く見えるんだぞ! その良さが分からないわけじゃあるまい?」
「しかしスパッツは生足の魅力が半減するじゃないか!」
「それに下着の線がハッキリクッキリ見えてしまうのも私的にはマイナスポイントよ」
「あのー……もう俺帰りますね。色んな意味でここには居辛いので」
そう言って席を立つ修也には3人とも気づかない。
(……なんでも言い合え過ぎるのも考え物なのかもしれないな……)
ファミレスを後にした修也はぼんやりとそんなことを考えるのであった。
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