「……ねーねーおねーさん、やっぱりおにーさんって凄いんだねー」
倉庫の入り口で修也の立ち回りを見ていた由衣が横に立っている蒼芽に話しかける。
「相手の人ナイフ持って振り回してるのにおにーさんには全然当たってないよー? 全部避けてるよー」
「うん、そうだね。修也さんは凄いんだよ」
「凄いなー、おにーさんかっこいいなー」
そう言って修也を見る由衣の目はキラキラと輝いている。
攫われて酷い目に遭いかけたことがトラウマにでもなったりしていないかと蒼芽は危惧していたが、どうやらその心配は無さそうである。
自分が襲われかけた時同様、『襲われかけたけど修也が助けてくれた』というプラスの思い出として由衣の中で変換されたのかもしれない。
「おねーさんもおにーさんのことかっこいいって思うー?」
「うん、私も修也さんのことはかっこいいと思うよ。それに今日みたいに危ない所を修也さんに助けてもらった人はいっぱいいるんだよ」
「あっ、この前の詩歌おねーさんや華穂おねーさんのお話もそれに入るのー?」
「うん、そうそう」
「ほえー、そーなんだー……」
こうやって蒼芽と雑談できるほど由衣は心の余裕ができていた。
蒼芽の話を聞きながら由衣は修也の背中を見つめる。
男が大きく振りかぶって袈裟懸けに切りかかるが、修也は男が振りかぶった時点で既に横に回り込んで脇腹に肘をめり込ませていた。
その衝撃で男は苦悶の表情を浮かべつつよろめく。
苦し紛れにナイフを横に振るが、力が入っていない上にそもそも射程圏外なので修也には当たらない。
「本当に全然当たらないねー。おにーさんに攻撃を当てられる人っていないんじゃないかなー?」
「あ、あはは……」
由衣の疑問に苦笑する蒼芽。
攻撃ではないが、由衣自身は修也に何度も体当たりしている。
しかも安全のためにわざと受けているとかそういうことではなく、本当に由衣の気配が読めないと修也は言っていた。
銃弾すら見切ることのできる修也が唯一見切れないもの、それが由衣なのである。
ただ恐らく由衣にその自覚は無い。
由衣はただ単に修也を見つけたら飛びついているだけだ。
(あ、つまり攻撃の意思が無ければ察知できないってことなのかな……?)
自分の中でそんな仮説を立てる蒼芽。
由衣が修也に飛びつくのは挨拶のようなもので、当然それに攻撃の意思など無い。
だから修也は由衣の飛びつきを察知できないのではないか。
いつか検証してみようかな……と、そんなことを考えられるくらい蒼芽にも心の余裕ができていた。
由衣が捕まっていたさっきまでとは物凄い違いだ。
それだけ修也への信頼が高いとも言える。
(……本当に困っている時に頼りになる人だなぁ、修也さんは……)
修也の背中を見つめながら蒼芽はそう思うのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第4章 第31話~
「……はっ!」
「がっ!?」
もう何度目になるか分からない修也の打撃が男の腹に刺さる。
着実にダメージは積み重なってはいるが、それでも倒すにまでは至らない。
「……無駄にタフだなぁ……そこだけは今までのやつらよりは強いかな、うん」
まだ倒れない男を見て修也はある意味で感心すら覚える。
「ふーっ……ふーっ……」
一方の男の方は激しく肩を上下させ、かなり息も荒くなっている。
それでもまだ目は敵意に溢れ血走っており、歯を食いしばって修也を睨む。
(……? 何だろう、何か既視感みたいなものが……)
修也は今のこの状況に見覚えがあるような気がした。
(うーん……? まぁこっちに引っ越してきてから変なやつ相手に戦うことがあったから多分それでだろ)
修也はそれを不法侵入者やハンマー男を相手にしたときの状況が似ているからだと早々に結論付けた。
それに今はそんなことをじっくり考える時ではない。
「えいやあああぁぁぁ!!」
相変わらず気の抜けた掛け声で上段からナイフを振り下ろそうとしている男。
「……ナイフみたいな小型武器でそんな大振りの攻撃はダメだって。小型武器の特性を全く活かせない」
この前の不法侵入者といいコイツといい、どうしてこの手合いの輩は隙だらけになる大振りばかりするのか……
そう思いながら一足飛びで男の懐に飛び込む修也。
「っせぃ!!」
「ぐぼっ!?」
そして鳩尾へ掌打を叩き込む。
勢いも上乗せして修也は男を後方に吹っ飛ばした。
ゴロゴロと転がって壁にぶつかる男。
「ぐぬぬぬ…………うおおおおぉぉぉぉ!」
それでも起き上がり、今度はナイフを腰だめに構えて突進してくる。
(この距離でそんな攻撃が当たるわけ…………あ、マズい!)
十分引き付けてから避けるつもりでいた修也だが、それはダメなことに気付いた。
今男と修也と蒼芽たちの立ち位置は一直線上になっている。
もし修也が突撃してくる男を避けたら後ろにいる蒼芽たちに向かってしまう。
逸らすにしても質量のある物体の軌道を大きくずらすのは難しい。
(仕方ない、ここは……!)
修也は地面に足をしっかりつけて待ち構える。
男はそのままの勢いで修也に突撃し、持っているナイフで修也の腹部を突き刺した!
「っ!?」
「おにーさん!?」
修也が避けずにまともに受けたことに息をのむ蒼芽と由衣。
2人の立ち位置からは直接は見えないが、構図的に男の突き出したナイフが修也の腹部に刺さったような形になったからだ。
「ふ…………フヒヒヒヒヒ……ヒャハハハハハハ!! やった! やってやった!! どうだ見たか! 当ててやったぞおおぉぉ!!」
自分の攻撃が修也に当たったことに気を良くして気味悪い笑い声をあげる男。
「これでもう邪魔者はいない! ボクたちの甘いあまーい愛の生活の始まりだぁ!!」
「ひっ!?」
狂気を孕んだ目で由衣を見る男。
それを見た由衣は短く悲鳴をあげて蒼芽の後ろに隠れる。
「ついでに横のキミも可愛がってあげるよぉ。コイツがいなくなってちょうどフリーになっただろぉ?」
そう言ってナイフを刺した修也をちらりと見る男。
「見た所高校生だからもう価値は無いけどオマケとしてならギリギリアリだねぇ。たまの箸休め的な役くらいならできるだろぉ?」
「……っ!」
蒼芽の制服を見て高校生と判断した男がそう呟く。
蒼芽も男の言葉に顔を引きつらせながらも由衣を庇う様に前に立って男を睨む。
「ぐふふふふ……残念だったなぁ。当たるわけが無いと高をくくっていたのに当たってしまった気分はどうだぁ? ……あぁ悪い悪い。答える余裕なんて無いかぁ。安心しなよぉ……ボクがちゃぁーんと2人共飼ってあげるからさぁ」
自分の勝ちを確信していやらしく笑いながら修也に問いかける男。
とは言え、修也に返事をする余裕など無いだろう。
何せナイフで腹部を刺されたのだ。
修也自身が言っていた通り当たれば致命傷なのは間違いない。
…………と、男は思っていた。
「…………当たれば致命傷と言ったな」
「ひょえ?」
「……あれは嘘だ。ふんっ!!」
「ぎょぶぇぇぇぇえええぇぇぇ!!?」
……だから、返事が聞こえた時は耳を疑った。
そして次の瞬間に鳩尾に襲い掛かってきた衝撃に逆らうことができず、男は変な悲鳴を上げながら再び真後ろに吹っ飛んだ。
「おにーさん!」
それを見た由衣の表情がぱっと明るくなる。
由衣の視線の先にいる修也は先程までと変わらずしっかりと立っていた。
刺されたはずなのに外傷らしきものは一切無い。
「な……なんでぇ!? なんで平気なんだよぉ!? 当たっただろぉ? 刺さっただろぉ!?」
「……備えあれば憂いなしとは良く言ったもんだなぁ」
「っ! ま、まさか服の中に鉄板でも仕込んでたのか!?」
よくよく思い返してみると修也の腹部にナイフを突き立てた時、人体とは思えないほど固い感触だったような気がする。
人を刺したことなど無いのでこんなものなのかと気にしなかったのだが、それは単に自分の思い込みだったと男は痛感させられた。
……それだと『何故服にも穴が空いていないのか』という問題が残るのであるが男はそのことには気づかない。
「だ……だったら何で……」
「何で『当たったら致命傷』って言ったか……か? そう言っておけば少しくらいは希望が持てるじゃないか。もしかしたらワンチャン勝てるかもって」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「そうやって僅かな希望にあえて縋らせておいてそれを叩き潰して絶望の底に突き落としてやるのもまた一興だと思って」
「趣味悪いぞオマエぇ!」
「お前に言われたくないやい。お前はそれだけのことをされても文句の言えないことをやらかしたんだ」
男の叫びを軽く受け流して再び構える修也。
「さて……覚悟は良いな? ちなみにさっきお前はさらにひとつ、許されない罪を犯した」
「……は? な、何のこと……」
「その汚い欲望を蒼芽ちゃんに……俺の大切な人にまで向けたな? この誘拐騒ぎだけでも重罪なのに、もうお前に救いの道は無い」
「ひ……ひぃっ!?」
男に詰め寄る修也の目はどこまでも冷たい。
修也の醸し出す気迫に押され、情けない悲鳴を上げる男。
「わ……悪かったってぇ! オマエの彼女に手を出そうとしたことは謝るからぁ!!」
「……もうそんな謝罪で許されるような次元の話じゃない。大人しく報いを受けろ。そして散れ」
「ひいいいいぃぃぃぃ!?」
青ざめて命乞いをする男を無視して修也は男の懐に低く沈んで飛び込む。
そして男の顎に向かって右の掌打を上向きに放つ。
「ごはぁっ!?」
下から突き上げる衝撃に逆らえず仰け反る男。
その隙に修也はくるりと回転しながら左肘を男の鳩尾にめり込ませる。
「へぐぅっ!!?」
今度は体をくの字に折り曲げる男。
少し後ろによろけたことで修也との間に少し距離ができた。
「これで……トドメだっ!」
その距離で加速をつけて男の眉間に掌打を打ち込む修也。
その一撃が決め手となり、男は声も上げずに後ろへ吹き飛ぶ。
男はしばらく地面を転がり、壁にぶつかってようやく止まった。
そしてそのまま動かなくなる男。
「いくら脂肪で体を守っていても頭まではそうはいかない。鳩尾への肘はまぁ……おまけってことで」
ピクリとも動かない男を見ても、今までとは違いやりすぎたと悔やむ様子を修也は見せない。
今回はやりすぎだとは全く思っていないからだ。
「まぁやろうと思えばいつでもトドメはさせたんだけどそれじゃあ俺の気が済まなかったからな、適度にぶちのめさせてもらった。とりあえずはこれくらいで勘弁しておいてやる」
むしろ修也的にはまだ物足りないようだ。
それだけ蒼芽に危害を加えようとしたことは修也の中では罪深いことらしい。
「それにお前はこれから警察に捕まり塀の向こうへ行くことになる。そこで社会的な制裁はたっぷり食らうだろう。自分のやらかした所業をせいぜい後悔するんだな」
男に向かって修也はそう呟く……が、当然ながら男からのリアクションは何も無い。
「…………」
修也は無表情で男に視線を送る。
さっきまでの騒動が嘘のように辺りは静まり返っていた。
「おにーーーーさーーーん!!」
「んごっふぅ!!?」
その静寂を打ち破ったのは由衣だった。
男の無力化を確認した由衣が加速たっぷりで修也に飛びついたのだ。
由衣の飛びつきをまともに受け、修也は少したたらを踏んだ。
「凄い凄い凄いよおにーさん! ホントに凄いよー!!」
修也に抱き着きながら興奮気味にまくし立てる由衣。
「分かった、分かったから由衣ちゃん、少し落ち着いて……」
「さっきもおにーさんが刺されたと思ったのに全然平気なんだもん! ねーねーあれどうやったのー?」
「あ、あぁあれな……実は直前で止めてたんだよ。避けて後ろに逸らしたら由衣ちゃんたちに向かいかねなかったからな。ああいう場合に後ろに逸らさず相手を止める方法ってのもちゃんとあるんだよ」
「へぇー、そーなんだー」
修也の説明を聞いてしきりに頷く由衣。
「……修也さんのことを信じてなかったわけではありませんけど……刺されたように見えた時は生きた心地がしませんでしたよ……」
由衣の後ろで遅れてやってきた蒼芽がそう呟く。
「あ、あぁー……ゴメン、心配させて」
「ホントですよもぅ……凄く心配したんですからね!?」
そう言って頬を膨らませて不機嫌アピールする蒼芽。
「ホントゴメンって。でもああするしか無かったんだって」
「ダメです、許しません」
珍しく強硬な態度を崩さない蒼芽。
膨れっ面のままそっぽを向いてしまう。
「えぇ……じゃあどうしたら許してくれるんだよ……」
「……知りたいですか?」
「ああ、もちろん」
「じゃあ……前みたいにぎゅっと抱きしめてください。それで許してあげます」
「え」
蒼芽から出た言葉に修也は硬直する。
「あっ! 良いなーおねーさん。おにーさん、私も私もー!」
「いや由衣ちゃんは現在進行形で抱き着いてんじゃねぇか……」
「分かってないなーおにーさん。抱き着くのと抱きしめられるのじゃ全然違うんだよー」
「そうそう、雲泥の差です」
「えぇ……そういうもんなの……?」
由衣の言うことに頷く蒼芽を見てやや呆れる修也。
「まぁ何はともあれまだやらなきゃいけないことがあるから話はそれからだ。七瀬さんに由衣ちゃんを無事救出したことと犯人を確保したことを連絡しないと」
「あ、そうですね……あれ?」
修也の言うことに頷いていた蒼芽だが、不意に疑問の入り混じった声をあげる。
「どうした蒼芽ちゃん?」
「修也さん……由衣ちゃんを誘拐した人がいなくなってます……」
「え?」
蒼芽に言われて修也は男を吹き飛ばした方を見る。
そこは確かに蒼芽の言う通り、さっきまで気を失って転がっていた男がいなくなっていた。
「えっ……もう気が付いて逃げ出したのか? いくら何でも早すぎないか?」
修也がとどめをさしてからまだ数分しか経っていない。
なのにもう意識を取り戻して動くことができたのだろうか。
「そんな手加減をした覚えは無いんだが……何にせよこれはもう警察に任せた方が良い」
そう言ってスマホを修也は取り出して優実に電話をかける。
『……もしもし、土神君? どうしたの、残念だけどまだ進展は……』
「あ、大体片付きました。その報告です」
『…………早すぎじゃないかしら』
数秒の沈黙の後、優実の疲れが混じった声がスマホ越しに流れてきた。
「いや、運が良かっただけです。それに犯人には逃げられてしまったんです」
『……分かったわ。じゃあ犯人の捜索に切り替えるから特徴を教えてくれるかしら』
「分かりました。でも、背恰好と服装くらいしか特徴が無くてですね……」
『良いのよ、それが分かれば十分だわ』
優実の了解を得たので修也は男の特徴を伝える。
『……分かったわ、ありがとう。ここからは私たち警察に任せて』
「はい、お願いします。それでは」
そう言って修也は通話を切る。
「……よし、じゃあ帰ろうか」
「はい」
「うんっ!」
修也の言葉に蒼芽と由衣は頷き、3人並んで倉庫を後にするのであった。
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