「あ~~~~…………疲れた……」
そう呟きながら修也は控室の椅子にどっかりと座り込んだ。
あの後修也はほとんど間を置かず押し寄せてくる指名客の対応に追われていたのだ。
それが蒼芽や詩歌みたいな気心の知れた人ならここまで疲れなかったが、顔も名前も知らない人ばかりだったので気疲れがハンパない。
英雄として名を馳せている修也と同じ席で飲んで話すことができるということで、来る客全てが無駄にテンションが高かったのも修也を疲れさせた理由のひとつだ。
戒や塔次など他のスタッフ役の生徒が昼休みを取っている間も修也は応対を続け、修也自身が昼休みを取れたのは皆が昼休みを終えた後だった。
「お疲れ土神君。お昼ご飯食べに休憩に行って良いわよ」
そんな修也に爽香が声をかけてくる。
「……まさかここまで客が押し寄せてくるとはなぁ……」
「私もここまでとは思わなかったわ。ある程度は予想できたけど」
「さてそれじゃあ適当に何か食えるものを探しに……」
「あっ、ちょっと待って土神君」
昼食になりそうなものを買いに立ち上がった修也を止める爽香。
「ん? どうした?」
「どこにお昼ご飯を買いに行く気? 今日は学食やってないわよ」
「んーまぁ……出店の中に食べ物取り扱ってる所があるだろうからそこから見繕って……」
「その姿で行く気?」
「え? あ……」
爽香に指摘され修也は気づいた。
今の修也は姫本家御用達の店で仕立てたスーツを着ている。
それでなくても修也は数々の功績で評価がうなぎ上りになっている。
そんな修也がふらっと校舎内をうろつこうものなら注目の的になること請け合いだ。
「1人で歩き回っていたらあっという間に囲まれてしまうわよ」
「じゃあ仁敷か霧生か氷室に声かけて……」
「男同士だと女子生徒に囲まれるわよ。霧生君や氷室君なら尚更」
「……仁敷は?」
「目立たなさすぎて同行の意味が無いわ」
「えぇ……」
さらっと酷いことを言う爽香に呻く修也。
「んじゃあ爽香は?」
「私はお昼休み終わってるし。裏方と言っても暇じゃないのよ」
「白峰さんや黒沢さんは……」
「……ドレス姿の2人と学校内を歩き回ったらそりゃあもう目立つでしょうね」
「だよなー……」
ただでさえ見た目だけは美少女な2人がさらに目を引くドレスを着ているのだ。
そんなもの注目してくださいと言っているようなものだ。
だからと言ってわざわざ制服に着替えてもらうのも2人に悪い。
「……となるとここは……」
最後の可能性に賭けて修也はスマホを手に取った。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第12話~
「……悪いな急に呼び出したりして。蒼芽ちゃん、詩歌」
「いえいえ、頼ってもらえて嬉しいです。こんなことで良いならいつでも呼び出してください」
「そ、そうですよ……先輩には、いつもお世話になってますので……これくらいなら……」
修也は蒼芽に連絡を取り呼び出していた。
1年は出店をやらないということなので、蒼芽なら手が空いているだろうと思ったからだ。
修也の事情を聞いた蒼芽は予想通り快諾してすぐに来てくれた。
一緒にいた詩歌も反対しなかったのでついてきた形だ。
「それにしても……お昼休みを超過するなんて、やっぱり修也さんの人気は尋常じゃないですね」
「そんな人気いらねぇよ……でもこういうのも学園祭の醍醐味…………なのか?」
「ど、どうなんでしょう……?」
そんなことを言い合いながら3人は廊下を歩く。
道行く修也をちらちらと見る目はあるものの、声をかけてきたり取り囲んできたりする人はいない。
恐らくは蒼芽と詩歌が両隣にいてくれているおかげだろう。
「なんだアイツ……あんな美少女を2人も侍らせて……」
「クソゥ……羨ましい妬ましい……俺は生まれてこの方女友達すらできたこと無いのに……」
一部負の感情と共に変な目線をぶつける男子生徒もいたが……
「でも待って、あれ土神君だよ?」
「あっホントだ! 服と髪型がいつもと違うから気づかなかった! でもなるほどそういうことなら納得だ」
「数々の町の危機を救ってきた英雄なんだし、それくらいの役得はあって然るべきだよ」
「うんうん、そうだな!」
真ん中にいるのが修也だと知らされると同時に負の感情が霧散していった。
むしろ修也ならそれくらいの待遇は当然と言わんばかりの空気である。
「……これは今までの功績のおかげか? でもそんなの積み立てなかったらそもそもこんな事態にもなってない訳で……」
「あ、あはは……えーとどうなんでしょうね……?」
「え、えっと……」
その様子を見て唖然とする修也と苦笑いする蒼芽。
詩歌は何と言えば良いか分からずアタフタしている。
「と、とりあえずお昼食べましょうよ修也さん! まだ食べてないんでしょう?」
「うんそうだな。何にしようかな……」
そう言いながら修也は開始前に配布されたパンフレットを見て考える。
「午後のことも考えてがっつりと肉系食いたいなぁ……あ、唐揚げ屋がある!」
「あはは、やっぱり男の人って唐揚げとかお肉が好きなんですねぇ」
ラインナップに唐揚げ屋があるのを見て目を輝かせる修也と、それを見て笑う蒼芽。
「あ…………でもやっぱやめとこ」
「え……? ど、どうしてですか…………?」
しかし急に表情を無くした修也を不思議に思い詩歌が尋ねる。
「理由は2つ。1つ目は蒼芽ちゃんと詩歌はもう昼食べただろうし、唐揚げみたいなカロリー高いのはキツいだろ」
「別に無理に私たちに合わせなくても、修也さんが食べたいと思うものを食べて良いんですよ?」
「そ、そうですよ……私たちは買わないという選択肢も……ありますし……」
「そして2つ目。何か陣野君と佐々木さんの一件を思い出す」
「あ、あぁー……」
「そ、それは……」
1つ目の理由を聞いた時点では修也を気遣い合わせようとした蒼芽と詩歌だが、2つ目の理由を聞いて何かを察した表情になる。
以前特に深い考えも無く学食で唐揚げ定食を頼んだら、それが回り回って陣野君と佐々木さんが付き合いだすという事態にまで発展したことがあるからだ。
「俺のちょっとした選択で人に大きな影響を与えるというのがどうにも……」
「で、でも別に悪影響という訳では……」
「あ、3つ目の理由ができた」
難しい表情をして唸り蒼芽に宥められていた修也だが、パンフレットのとある1点を見て表情が元に戻る。
「3つ目……ですか……?」
「ほらこれ、3-Cで和風喫茶やってるんだってさ」
そう言って修也はパンフレットの1ヶ所を指さして蒼芽と詩歌に見せる。
「あ、ホントだ。そう書いてますね」
「3-Cというと……姫本先輩のクラス、ですね……?」
「ああ。先輩の様子を見つつ俺の昼食にもなって蒼芽ちゃんたちも軽いものが頼めそうと一石三鳥だと思ってな」
「良いですね、行きましょう!」
蒼芽と詩歌も乗り気になったので修也は3-Cに向けて足を進めだした。
「…………あった、ここだ」
パンフレットを頼りに修也たちは3-Cがやっている和風喫茶までやってきた。
昼食時を越えたからかそこまで人は多くない。
「いらっしゃーい……って、土神君!?」
店の前で呼び込みをしていた女子生徒が修也に気づいて驚きの声を上げる。
「……なんかもうこのリアクションにも慣れたよ」
「あ、あはは……あ、3人なんですけど席ありますか?」
「あ、うん空いてる空いてる! すぐ案内するから!」
蒼芽の言葉に女子生徒は大きく何度も頷きながら中に案内してくれた。
「それじゃあちょっと待っててね、メニュー持ってくるから!」
修也たちを席に座らせた後、案内してくれた女子生徒は早足で店の裏に引っ込む。
「あっ、土神くんに蒼芽ちゃんに詩歌ちゃん! 来てくれたんだね」
そしてしばらくした後に華穂がメニューを持ってやってきた。
今の華穂は店員だからなのか、制服ではなく袴のような服を着ていた。
和風喫茶ということでそういうコンセプトにしているのだろう。
「おお、先輩も店員やってんのか」
「こんにちは姫本先輩。その服可愛いですね」
「ありがとね蒼芽ちゃん。うちは和風喫茶をやろうってことになったから、制服もそれっぽくしようってことになったんだよね」
「うーん羨ましい……割とポピュラーな路線だ……」
和風喫茶は少し変化球ではあるが別に珍しいものでもない。
2-Cもこれくらいだったら修也も何も気にすることなく学園祭を楽しめたのかもしれない。
「えーでも私は土神くんたちの所も面白くて好きだけどな。ホスト&ホステスあははははは!!」
「名前を言いかけただけで大笑いしないでくれるか華穂先輩」
途中で腹を抱えて笑い出した華穂を修也は呆れた目で突っ込む。
「だ、だって発想から普通じゃないんだもん。これはもう笑うしかないでしょ!」
「えぇー……」
「せっかくだし明日美穂ちゃんと一緒に行ってみようって話になったんだよね」
「来てくれるのは良いんだけど……順番取れるかな……?」
「そうですねぇ……結構激しい競争になると思いますよ? 私と詩歌は情報が行き渡る前の初日でしたし開店前から並んでたおかげで最初に入れましたけど」
「開店前から並んでたの!? 確かに開店とほぼ同時の指名だったけどさ」
「なるほど深夜組ってやつだね!」
「それは違う!!」
おかしなことを言いだした華穂に突っ込む修也。
「まぁそれは置いといて……はいメニュー。どれでも好きなものを選んでね」
「あぁ、ありがとう」
修也は差し出されたメニュー表を受け取り開く。
…………が、段々とメニューを見ている修也の眉根が寄っていく。
「どうしたんですか修也さん? 何だか難しい顔してますけど」
「……なぁ先輩…………オムライスって和食だったか?」
蒼芽の質問に答える意味も兼ねて修也は華穂に問いただす。
「え? ……あ、ホントですね。メニューにオムライスがある」
「他にも……パスタとか、ハンバーグとかも……」
修也に続いてメニューを覗き込んだ蒼芽と詩歌も不思議そうな声をあげる。
「何言ってるの土神くん。オムライスもパスタもハンバーグも和食の訳ないじゃない」
「じゃあ何でメニューにあるんだよ。ここ和風喫茶だろ?」
「だから和風じゃない。内装とか制服とか」
「そこだけが和風なのかよ!?」
しれっと言う華穂に突っ込む修也。
「あ、でも先輩……オムライスもパスタもハンバーグも……和風のものが、ありますよ……?」
「え? そうなのか? ……言われてみれば確かに和風ハンバーグとか和風パスタとか聞いたことあるな……」
しかし詩歌にそう言われ考えを改める。
「あっホントだ。今調べてみたんですけど和風オムライスもありますね。普通に美味しそうですよこれ」
そう言って蒼芽はスマホで検索した結果を修也に見せる。
「……へぇー、味付けに醤油とかだしとか使うのか……」
「詩歌だったら作れるんじゃない?」
「えっと、見せてくれる……? ………………うん、これくらいなら簡単だよ」
蒼芽に画面を見せてもらった詩歌が数秒考えこんだ後すぐに頷く。
普段は内気で気弱な詩歌だが、料理に関することだけは言葉に迷いが無く力強い。
「スゲェ……流石は詩歌」
「えっあっ、い、いえ、それほどのことでは……」
だが修也に褒められたことで詩歌は急に顔を真っ赤にさせてアタフタと慌てだす。
先程の自信に満ちた表情はもう欠片も見えない。
「にしても、なるほどそういった和風の味付けの料理が出てくるって訳か」
「うぅん、普通のオムライスだしハンバーグのソースはデミグラスだしパスタはミートソースだよ」
「…………えぇー……」
一縷の望みをかけた修也であったが、無情にもそれは打ち砕かれてしまった。
「ま、まぁまぁ! 和風って味付けが繊細なイメージがありますし、学園祭の出店でそこまでを求めたらいけませんよ!」
「そうそう。皆が皆詩歌ちゃんみたいな料理のプロって訳じゃないんだからさ」
「わ、私は別にプロってわけじゃあ……」
「……それもそうか」
変に持ち上げられてアタフタしている詩歌は置いといて、確かに蒼芽の言う通り学園祭の出し物に求めるレベルではないだろう。
「じゃあ俺はオムライスで」
「では私はあんみつをください」
「わ、私も舞原さんと同じで……」
「そっちはちゃんと和風なのかよ!」
「あはははは! じゃあちょっと待っててね」
修也の突っ込みにひとしきり笑った後、華穂はメニューを引き取って下がっていった。
「学園祭だから良いけど……実際の店でこれやったら詐欺じゃねぇのか」
「うーん……でもスイーツはちゃんと和風ですからねぇ……」
「あとは内装と……店員さんの衣装も和風ですし……」
「むしろ和風じゃない要素の方が少ないのか……」
「ほらアレですよ、うどん専門店でうどん以外の物が売ってるみたいな」
「あーそう言われると何か納得できる部分もあるな」
そんな話をしながらしばらく待つ修也たち。
「はーいお待たせー。土神くんのオムライスと、蒼芽ちゃんと詩歌ちゃんのあんみつね」
数分後、華穂がトレイにそれぞれの料理を乗せてやってきた。
修也の前に置かれたオムライスは、見た所ごく普通の物だ。
1つ違う所と言えば、ケチャップでデフォルメされた華穂の絵が描かれていることだろうか。
「え、何気に上手い」
「ホントですね。これ姫本先輩が描いたんですか?」
「そうだよ。土神くんには言わなかったっけ? 私絵を描くのが趣味なんだよ」
「そう言えばそんなこと言ってたような……」
ここまで上手いと食べるのがもったいなくなるが、そのまま置いておくわけにもいかないので修也は食べ始めることにした。
スプーンで一口大に切り分けて口に運ぶ。
「………………」
そのまま修也は何度か咀嚼して飲み込む。
その表情は……微妙だ。
「あれ? 美味しくなかった土神くん?」
その表情を見て心配そうに華穂が尋ねてくる。
「いや美味いよ? 美味いんだけど……何か物足りない」
「物足りない? ……あっ、『美味しくなぁれ』っていうおまじないとポーズをしてないからかな? 今からでもやる?」
「やらないやらない。てかそんなサービスあんのかこの店」
指をハート形に作り始めた華穂を止める修也。
「んー…………あっ、そうか詩歌だ!」
「えっ……? わ、私……ですか……!?」
物足りなく感じる理由を考えていた修也だが、1つ心当たりが浮かんだ。
急に名前を呼ばれた詩歌が驚いて恐る恐る尋ねる。
「いや以前詩歌にオムライス作ってもらったことがあってな? それがメッチャ美味かったから無意識でそれと比べちゃってたんだな」
「あーそれじゃあ仕方ないですね」
「そうだねぇ、詩歌ちゃんと比べられちゃ勝てっこないよ」
「え、えっと……その…………あ、ありがとう……ございます……」
口々に自分の料理の腕前を褒めちぎられ、詩歌は赤くなって縮こまりながら細い声で礼を言うのであった。
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