「……あっ、お帰りなさい修也さん。今日はちょっと遅かったですね?」
今日の勉強会が終わって舞原家に帰ってきた修也を、先に帰って来ていた蒼芽が出迎えてくれた。
「あぁ、ただいま蒼芽ちゃん。いや何、ちょっと学校で用事があってだな」
「用事……ですか? 今日からテスト週間だから相川さんの所の部活も休みのはずですが……」
「そのテスト週間だからこそ、だな。クラスの一部と相川とで教室で勉強会をやってたんだよ」
疑問顔の蒼芽に対して修也はそう説明する。
「あ、そうなんですね。でも修也さん、成績はそこまで悪くないって言ってませんでしたっけ?」
「だからってテスト勉強しなくて良いという理由にはならんだろ。氷室レベルの頭の良さならともかく。蒼芽ちゃんだってやるだろ、テスト勉強」
「あーまあ……そうなんですけどね……」
修也の言葉に対し、蒼芽は何故か目線を外しつつ曖昧な相槌を打つ。
「? どうした蒼芽ちゃん。何か歯切れ悪いけど」
「えっ!? そ、そうですか? そんなこと無いかなーなんて思ったりしなくもないんですけど」
「いや……明らかに普段と違うって」
何やらやたら慌てている蒼芽を見て修也は訝し気な表情になる。
「んー…………」
「し、修也さーん……? そんなジロジロ見つめられるとちょっと照れるんですけど……」
修也に見つめられ続けていることで蒼芽は落ち着かないようで、体をもじもじそわそわさせている。
「その修也さんの疑問には私が答えてあげますよ」
「お、お母さん!?」
そこに紅音もやってきた。
「修也さん、お帰りなさい」
「あ、ただいまです紅音さん。それで蒼芽ちゃんがいつもと何か違う理由って?」
「それはですね……前にも言った通り蒼芽はテストの成績は悪くはないけど良くもないんですよ」
「はぁ……」
「だ、だって授業を聞いてればある程度は分かるもん」
「いや授業聞いただけである程度分かるって……それ結構地頭良いんじゃね?」
蒼芽の抗議に修也は首を傾げて呟く。
「え? そ、そうですか?」
「そうなんですよ。元々頭が悪いわけではないのにテストの成績は良くもなく悪くもないという中途半端。その理由は……この子、テスト勉強が苦手なんですよ」
「え? 授業は分かるのに勉強が苦手?」
「いえいえそうではなくて、『テスト勉強』が苦手なんですよ」
「……ぅん?」
紅音の補足を聞いても意味が分からず尚首を傾げる修也。
「だ、だってテスト勉強って皆無言で黙々とやってるだけなんだもん。それが凄く落ち着かなくて……」
「あー……なるほど蒼芽ちゃんらしい。そして意味が分かった」
蒼芽はコミュニケーション力の塊のような子だ。
そんな蒼芽がただひたすらに机に向かって勉強するというのが落ち着かないのだろう。
学校の授業の場合は教師との会話も少なからずあるから何とかなっている……と言うことなのかもしれない。
「修也さんは違うんですか? 皆黙々と勉強している空間で誰とも話さず勉強するのは平気なんですか?」
「俺は特に……誰とも会話しないで1日が終わるとか前の学校では日常茶飯事だったし」
「そんな悲しいことをサラっと言わないでくれますか!?」
何でもないことのように言ってのける修也。
そんな修也に蒼芽の突っ込みが入るのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第20話~
「でもさ、テスト勉強に限らず自主学習って普通にやるよな?」
「そりゃ少しはやりますけど……」
「でも続かない……と。コミュ力の塊の弊害がこんなところにあるとは」
バツが悪そうに俯く蒼芽を見て修也は大きく息を吐く。
「んー……だったら俺と一緒に勉強するか?」
「え? 良いんですか!?」
だが修也の提案を聞いて蒼芽は顔を上げて修也に詰め寄る。
「まぁ前に紅音さんに見てやってくれって言われてたのもあるし、1人でやるのが続かないなら一緒にやれば続くかなーって」
「そうですね。修也さんと一緒なら続きそうな気がします!」
そう言う蒼芽の表情はかなり嬉しそうに見える。
「ただ俺もそこまで言うほど成績は良くないぞ? せいぜい平均をちょっと上回る程度だ」
「そんなの全然問題ありませんよ。一緒に勉強するのに成績は関係ありません」
「それに学年が違うからテストの範囲も違うし」
「でも私のテスト範囲は修也さんは既に通った所なんですから、分からない所が出て来ても教えてもらえますね」
「おおぅちょっとプレッシャー。1年前のことなんて覚えてるかな」
テスト勉強のことで少し憂鬱になってた蒼芽の気持ちが一瞬でいつも通りに戻った。
楽しそうに修也と言葉の応酬を繰り返す。
「ふふふ、やはり修也さんにお願いして正解でした。蒼芽のことよろしくお願いしますね」
「まぁ……さっきも言った通り俺自身そこまで成績が良いわけではないのでどこまで力になれるか分かりませんが」
「ふふふ、別に蒼芽の成績に変化が無くても修也さんに責任を問うつもりはありませんよ」
「まぁそうだね。そこで修也さんのせいにするのは違うと私も思うし」
「あとできればで良いのですが、ついでに夜の勉強の方も……」
「お母さん!?」
ポロリと呟いた紅音の言葉に蒼芽は突っかかる。
「いやまぁ……確かに学校から帰ってからになるので、やるならどうしても夕方か夜になりますけど」
「えっ!?」
だが修也が素で呟いた言葉に驚いて振り返る。
「流石に夕食や風呂を挟むとしてもぶっ続けでやっても逆効果な気が……ん? どうした蒼芽ちゃん、俺何かおかしなこと言った?」
蒼芽のリアクションを不思議に思い修也は首を傾げ尋ねる。
「いっ、いえいえいえいえいえ!? 別におかしい所なんて何も……」
「あ、修也さんは意味を知らなかったんですね。それでは良いですか修也さん、夜の勉強というのは……」
「説明いらないから! それと修也さんをいつまでも玄関に立たせてちゃだめだから!!」
「あ、そういやまだ鞄を部屋に置いてすらいなかったや。蒼芽ちゃんと話してるとついつい時間が経つのを忘れる」
「そう言って頂けるのは嬉しいですけどもうすぐ晩ごはんの時間ですから早く着替えて来てくださいね」
「あぁ分かったよ」
蒼芽の言葉に修也は頷き靴を脱ぐ。
「あら? 夜の勉強についての説明は」
「いらないから! いつまで引っ張るのそれ!!」
「そこまで言われると何だか気に」
「しなくて良いですから!」
「ははは……」
蒼芽に凄い剣幕で詰められ、修也は誤魔化し笑いをしながら自分の部屋へ向かった。
学校での勉強会の為に修也が帰ってくるのが遅かったので、すぐに夕飯の時間になった。
その後これまたすぐに風呂の時間になったので、勉強するのはその後ということになった。
先に風呂に入った修也は蒼芽が風呂から出てくるのを待つ意味も兼ねて、今回のテスト範囲を改めて確認しておくことにする。
ごんごん
「…………ん?」
先に修也が少しだけ勉強を始めてからしばらく経って、部屋の扉がノックされた。
……のだが、ノック音がいつもより低く重い。
『す、すみませ~ん……修也さん、ドアを開けてもらっても良いですか~……?』
ドアの向こう側から蒼芽の声が聞こえてくるが、その声はいつもより少し震えているような気もする。
「なんだどうした蒼芽ちゃん…………って…………」
いつもと違う蒼芽の様子に修也は訝しみながらドアを開ける。
開けた先には蒼芽が立っていた…………のはいつも通りだが、その蒼芽はいつもとは違い教科書と筆記用具と小さな机を持っていた。
重さがそこそこあるせいか手が震えている。
「…………いや、何やってんの」
「一緒に勉強するということで……勉強道具を持ってきたんです、よ……」
「両手がふさがってるってことはさっきのノックは……」
「はい……頭でやりまし、た」
「…………ホントに何やってんの」
蒼芽らしからぬぶっ飛んだ行動にため息を吐く修也。
「と、とりあえず入れてもらっても良いですか……? そろそろ手が限界で……」
「あーはいはいとりあえず机だけでも持ってやるから」
そう言って修也は蒼芽が持っている机を引き取り部屋の中へ運んで部屋の真ん中に置く。
「ふぅーーー……流石ですね修也さん、そんな軽々と運べるなんて」
「いや、重さ云々の前に一度にまとめて持ってこなくても良かったんじゃね?」
「…………あ」
修也の言葉に蒼芽は呆気にとられたような顔になる。
「それにその教科書の数……今日だけで何科目やる気だ」
「あ、あはは……」
苦笑いする蒼芽の手には主要5科目全ての教科書があった。
「これはむしろ短距離とはいえまとめて全部持ってこられたことを称賛するべきか?」
「つ、つい張り切り過ぎてしまいました……修也さんと勉強できるからって……」
「とりあえず今日やるのは1科目だけだ。他は片付けてきなさい」
「はーい……ところで修也さんは何を勉強するつもりだったんですか?」
「……数学かな。特に深い理由はないけど」
「じゃあ私も数学にしよっと」
そう言って蒼芽は数学の教科書と筆記用具だけを修也が置いた机の上に置く。
「いや無理に俺に合わせんでも」
「科目を合わせた方が修也さんも集中を乱されないと思うんですが」
「…………俺に教えてもらう前提で話すんじゃありません」
「あははは!」
半眼で突っ込む修也に大笑いする蒼芽。
「まぁでも科目は揃えた方が良いとは思いませんか?」
「…………うん、まぁ確かにそんな気はする。特に根拠は無いけど」
蒼芽の言うことも分からなくはないので修也はこれ以上は何も言わないことにする。
「それじゃあ他の教科書を片付けてきたら始めるか」
「はい。じゃあ行ってきます」
そう言って蒼芽は数学以外の教科書を持って一旦修也の部屋から出て行った。
「……………………」
「……………………」
あれから蒼芽がすぐ戻ってきたので、それぞれ机に向かって勉強を始めた。
修也は教科書のテスト範囲に当たる部分を読み直し。
蒼芽はどうやら問題集を解き進めているようだ。
「……………………あの、すみません修也さん」
しばらくはお互い無言だったが、蒼芽が問題集を持って近づいてきたことでそれは破られた。
「ん? どうした蒼芽ちゃん」
「この問題なんですけど……解き方のヒントだけでも教えてもらえませんか?」
「どれどれ…………あぁこんなことやったなぁ懐かしい。ちょっと教科書を借りるぞ」
そう言って修也は蒼芽の教科書を手に取り、ぺらぺらとページをめくる。
「えーと……あ、あった。この公式を当てはめてみな」
「……あっ、そうか分かった! ありがとうございます修也さん!」
修也が指さした部分を見て解法が分かったようで蒼芽の表情が明るくなる。
「それにしても……やっぱり修也さんと一緒に勉強するのは正解でした。修也さん、教え方丁寧ですし」
「いや教科書に書いてる公式指さすだけに丁寧も何も無いと思うんだが」
「それでも無言で不愛想なのか優しく声がけしてくれるかで印象はかなり違いますよ」
そう言いながら蒼芽は嬉しそうに自分の机に戻る。
「あーまぁ確かに不愛想な対応されるとその後声かけ辛いわな」
「そういうことです。分からないことをすぐに聞くことができる環境って大事ですよ」
「…………あれ? でもそれだと俺は分からないところがあった場合は誰に聞けば……」
「頑張ってください修也さん!」
「えぇ……」
蒼芽の謎の声援にげんなりする修也。
「……仕方ない、何とか自分で調べてそれでも分からなければ明日の勉強会で氷室にでも聞こう」
「あ、明日もやるんですね、勉強会」
「まぁテストが終わるまではな。教室を使う許可は取ってるし」
「…………修也さん、それって学年が違っても参加できますかね?」
勉強会のことに話題が移ったことで蒼芽からそんな質問が出てくる。
「え? まぁ別に教室で各々勉強するだけだから問題ないと思うけど……そんな質問が出るってことは参加したいのか」
「えぇ、やっぱり私は1人で黙々と勉強するより誰かと一緒にやる方が捗るので」
「でも参加してるの俺のクラスのやつと相川だから2年ばっかり…………って懸念は蒼芽ちゃんにはいらないか」
蒼芽のコミュ力をもってすれば2年の生徒ばかりの教室に1人で踏み込むなど容易な事である。
というかそもそも全員顔見知りなので今更そんなことを気にすること自体がおかしい。
「それじゃあまぁそういうことで、今日はこれくらいにしとくか? 結構時間経ったし」
「あ、ホントですね」
部屋に備え付けられた時計を見て蒼芽がそう呟く。
「それじゃあ自分の部屋に帰りますね。おやすみなさい修也さん」
「あ、ちょっと待った」
立ち上がり勉強道具と机を持って部屋を出ようとする蒼芽を修也は引き留める。
「? どうしましたか修也さん?」
「机は置いてって良いぞ。明日もやるんならな」
「え? 良いんですか?」
修也の提案に意外そうな顔をする蒼芽。
「毎度毎度机を運ぶのも大変だろ」
「でも邪魔になりませんか?」
「隅に寄せてりゃ大丈夫だ。それに日中は学校だし」
「……そういうことならお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って蒼芽は机を置き直す。
「では、改めておやすみなさい、修也さん」
「ああ、お休み蒼芽ちゃん」
蒼芽が部屋から出ていき、修也も自分の勉強道具を片付けてベッドに横になる。
「しかし…………なんかすっげぇ充実したテスト勉強だったな……」
今まで修也は1人で黙々と勉強するのが当たり前だった。
これは『力』のことは関係なくそんなものだと思っていたが、今日の放課後の勉強会と蒼芽とのテスト勉強には今までには無かった充実感があった。
引っ越し前はただの生活サイクルの一部だった勉強が、こっちに来てからは楽しめるイベントの1つになった気さえする。
「さて、それじゃあ明日も頑張るか」
誰に言うでもなく呟いた修也は部屋の電気を消し、そのまま眠りにつくのであった。
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