「『くっ! やめろ、来るな!』
必死に後ずさりしながら叫ぶが、そんなことで止まってくれる連中ではない。
分かっている。分かっているけど叫ばずにはいられない。
今目の前には逃げ道をふさぐために、半円状に陣を組んでにじり寄ってくる敵がいる。
奴らの隙間をくぐって逃げることは……できない。
できるのは今やっているように後ずさりするだけ。
しかしそれもすぐに叶わなくなってしまった。
壁が退路を阻んだからだ。
『ふふふ……観念しなさい。もう逃げ場はない。我らの軍門に下れば悪いようにはしないと約束しよう』
敵の1人がそう言うが、諦めるわけにはいかない。
たとえ最後の1人となろうとも戦い抜いて見せる……!
しかしここで一瞬気を逸らしたのがまずかった。
『あっ!』
視界の外にいた敵の1人が隙をついて拘束してきたのだ。
それを見た他の敵たちも次々と群がってくる。
何とか抵抗しようとするも多勢に無勢、あっという間に組み伏せられてしまった。
『惨めだねぇ……これがかつてのライバルのなれの果てと思うと失笑を禁じ得ない』
『くっ……!』
『さあ、これから楽しい楽しい遊びの時間だ』
『なっ!? 何を……』
『かつては互いに切磋琢磨して高め合った友だ。もちろん、君の弱い所も知っている』
『!? や、やめっ……』
『ほぅら、君はこの傘の裏が敏感なんだろう? だからここををこう擦ると……』
『だ、だめっ……!』
『口では嫌がってても体は正直だなぁ!? ソラソラソラソラぁ!!』
『らめええええぇぇぇぇ!!! 胞子がでちゃううううぅぅぅぅ!!!』
『ふははははは!! ほらほらどうだ? 我らがたけのこ軍の軍門に下るかぁっ!!?』
……たけのこ軍の将軍による執拗な攻めにきのこの精神は限界を迎えようとしていた。
果たしてきのこはこの逆境を切り抜けることができるのか!? ……ここまでが現時点で書けたお話ですぞ」
そう言って黒沢さんは手に持っている原稿用紙を机の上でトントンと叩いて揃えてクリアファイルに仕舞った。
「流石ですわ黒沢さん! その眼鏡から醸し出される文学少女の空気は伊達ではありませんわね!」
「どぅふふふふ……この眼鏡そのものは伊達でありますがね」
「私も負けていられませんわ! 黒沢さんの口から涎が滴り落ちるようなきのこ×たけのこ小説を書き留めなければ!!」
「楽しみにしておりますぞ白峰殿! 自分、小説ならばどちらでもイケる口であります故に!」
放課後の教室できゃっきゃとはしゃぎ合う、美少女と呼んでも差し支えない女子2人。
これで、話題がまともなものだったら美しい青春の一コマとなりえるのだが……
はしゃいでいる内容が残念なものであるのが非常に悔やまれる。
「……俺たちは一体何を聞かされていたんだ……」
同じ教室にいた修也の頭を抱えながらの呻き声に応えられる人は誰もいなかった。
守護異能力者の日常新生活記
~第3章 第7話~
「と言うかあんな小説を書き始めたということはもう決着がついたのか? 黒沢さんが書いてるってことは白峰さんが勝ったってこと? でも白峰さんも書くって言ってるし……」
「何か構想しているうちに楽しくなってきて結局2人とも書くことにしたらしいわよ」
今度の質問は爽香が答えてくれた。
「そうか、なんだかんだ言っても2人は仲良いんだな」
「いや、『仲良い』で片付けて良いのか?」
仲が良いの一言で纏めようとした修也に彰彦が疑問を呈するが……
「……そうするしか無いだろ」
「……それもそうか」
変に巻き込まれたくないという修也の意思を感じ取り、彰彦はそれ以上の追及をやめた。
「しかしどちらも書くんじゃ罰ゲームの意味が……」
ガラッ
「そのとーーーーりっ」
修也が呟いたのとほぼ同時にドアが勢いよく開き、陽菜が入ってきた。
「陽菜先生!?」
「陽菜教諭!?」
「土神君の言う通りだよっ! 2人のありったけの情熱が注ぎ込まれた小説が読めるのは良いけれど、楽しんでたら罰ゲームにならないでしょ!」
「え、あの呟きが聞こえてたのかあの人は……」
修也はそんなに大きな声では話していない。
なのに教室の外にいたはずの陽菜はしっかりと聞き取っていたようだ。
「それに仮に罰ゲームの一環だとしても黒沢さんはきのこ×たけのこを書くという話だったでしょ! それじゃたけのこ×きのこだよ! 逆じゃないのさ!!」
「……え? 逆だったのか? そしてそんなに憤慨することなのか?」
「……俺に聞くなよ土神」
「私に聞かれても知らないわよ?」
修也たちにはよく分からない話であるが、朝爽香が言っていたように順番が違うというのはかなり大きな意味があるらしい。
「しかし陽菜先生、お互い納得した上でのことですし……」
「そうですぞ。楽しく創作できるならそれに越したことは無いのではないのですかな?」
「甘ーーい!! 『窮鼠猫を噛む』という言葉もあるように、人は追い詰められてこそ本領を発揮するもの! ぬるま湯に浸かりっぱなしでは能力の向上は期待できないよ!」
「では罰ゲームを新たに設定するのでありますか?」
「もちろん! 内容は私が決めさせてもらったよっ! 負けた方は1週間、スカートの丈を10センチ短くして登校すること!」
「な、なんですってぇ!?」
「何ですとーー!?」
陽菜の発表した罰ゲームに大袈裟に仰け反る白峰さんと黒沢さん。
「いやーこういう時校則にスカートの丈の長さを指定してない自由な学校は良いよね!」
「……こんなことで自由のありがたみを感じないでほしいと思うのは俺だけか?」
「……安心しろ土神。俺もだ」
「私もよ」
彰彦と爽香が自分の考えに同調してくれたことにほっと胸を撫で下ろす修也。
(大丈夫、俺の感性は普通だ。あっちが変なんだ)
修也はそう自分に言い聞かせる。
「し、しかし陽菜先生。10センチともなると流石に……」
「我々元よりスカートの丈は膝上程度なので10センチ上げても致命的な問題にはならないでしょうが、10センチとなるとこれくらいになる訳で……」
そう言って目測で10センチほど自分のスカートの裾を上げる黒沢さん。
「こ、これはなんだか落ち着きませんぞ……」
「罰ゲームなんだからこれくらいやらないとダメだよっ! ちなみにスカートの下にブルマ履いてガードするのは禁止ね」
「おや珍しいでありますな。陽菜教諭がブルマを履くのを禁止するとは」
「さっきも言ったでしょ? ぬるま湯に浸かりっぱなしではダメだと。私だって……私だって、短いスカートが捲れた時にちらりと見えるブルマを見たいよ! でもそれじゃあ白峰さんと黒沢さんの成長に繋がらない! だから、ここは……心をっ……鬼に、して……断腸のっ……思いで……!」
段々言葉を詰まらせていく陽菜。
目元に涙のようなものが見えるのは気のせいだろうか?
「は、陽菜先生……」
「自分たちの為に、そこまで……」
陽菜のそんな姿を見て瞳を潤ませる白峰さんと黒沢さん。
「……感動するとこか? ここ」
「……とりあえずほっとけ」
関わるとロクなことにならない。
それを重々承知している修也は、彰彦の言う通り放っておくことにした。
ここにいるといつまた衝動的にツッコミを入れることになるか分からない。
なので修也は早々に退散することにする。
「じゃあもう俺は帰る。また明日な」
「ああ、また明日な土神」
「ええ土神君、また明日ね。ねぇ彰彦、今駅前に屋台でクレープ屋があるらしいわよ。食べに行きましょ」
「へぇ……良いなぁ放課後のデートって。学生生活を満喫してるって感じで」
「土神もやれば良いじゃないか。舞原さんなら付き合ってくれるだろ」
「ちょっと何言ってんのよ彰彦、そこは詩歌を推すところでしょ!」
「いや、多分誘われた時点で卒倒するだろ……」
「はは……まぁ機会があればな」
そう言って修也は教室を出た。
「うーん……」
修也は廊下を歩きながらさっきの彰彦の言葉について考える。
(良いのかなぁ、俺が誘っても……嫌な顔されないかなぁ)
自己評価が低いせいでそういうことばかりが気になる修也。
(あ、でも蒼芽ちゃんは何かにつけて俺とデートしたがってたよなぁ。もしかしたらワンチャンあるかも?)
しかし最近は少しだけだが自己評価が向上してきている。
蒼芽や紅音のように普通じゃない『力』を見ても接し方が変わらない人たち。
1-Cの面々のようにとにかく自分を持ち上げてくる人たち。
クラスメイトや担任のように自分の価値観を尊重してくれる人たち。
そんな人たちに囲まれて、修也の意識も少しずつ変わってきているようだ。
(でも何て言って誘えば……? ああでも蒼芽ちゃんなら『ちょっとコンビニ行こうぜ』くらいのノリでも大丈夫かな)
そんな結論に達した修也は、蒼芽に連絡を取るためにスマホを取り出す。
「……ってあれ? 何か通知が来てる」
そこで修也は自分のスマホに通知が来ているのに気づいた。
「……華穂先輩からのメッセージ?」
通知の内容は華穂からメッセージが送られてきたことを知らせるものだった。
『土神くん、まだ学校にいるかな? いたらちょっと相談したいことがあるから屋上まで来てほしいんだ』
華穂からのメッセージにはそう書かれていた。
「華穂先輩から相談……? 何だろう?」
とりあえず修也は今から向かうことを書いたメッセージを返信し、屋上へ向かうことにした。
蒼芽をデートに誘うのはまたの機会になりそうだ。
「さて、屋上に来たわけだが……華穂先輩はどこだ?」
屋上へ続く扉を開けて辺りを見回す修也だが、人影は無い。
もしかしたら他に何か用事があって遅れているのかもしれない。
そう考えて修也は屋上に足を踏み入れる。
……とほぼ同時に修也の目の周りが何か温かいもので覆われ、視界がふさがれた。
「華穂先輩だろ」
「だーれだ……って、聞く前に答えられちゃったよ」
聞かれる前に言い当てた修也に対し、目隠しをした張本人である華穂が感心したような声をあげる。
そして修也の目を覆っていたものが無くなり、視界が元に戻った。
「よく分かったねぇ。それも護身術っぽいものの効果かな?」
振り返ると両手を広げた格好をして笑っている華穂がいた。
恐らく修也の目を覆っていたのは華穂の手だったのだろう。
位置的にドアの陰に隠れて修也を待っていたものと思われる。
「いや、護身術は関係ない。俺がここに来ることを知ってる人が先輩しかいないからというのが即答できた理由だ」
転校してきて間もない修也は、まず知り合いと呼べる間柄の人が少ない。
その少ない知り合いの中でも修也に対してそんな気さくな対応ができる人物は相当限られる。
蒼芽は一番可能性が高そうであるが、修也が屋上に来ることを知らないのでわざわざこんな場所で待ち構える理由が無い。
詩歌は性格上そんなことできる訳無いし、彰彦と爽香は今頃クレープ屋にいるだろう。
戒はホームルーム終了後速攻で教室を飛び出して部活に行った。
白峰さんと黒沢さんは陽菜が乱入したことにより、きのこたけのこ論争の話題で大いに盛り上がっていると思われる。
塔次は今日知り合ったばかりでよく分からないが、あのキャラ的にこんなことをやるのは非常に不自然だ。
となると消去法で華穂しかいないとなるわけだ。
「おぉー、お見事!」
そう言ってパチパチと手を叩く華穂。
「で、どうしたんだ先輩? 相談したい事って」
「あ、そうそう土神くんにお願いがあってね。まだ帰ってなくて安心したよ」
「まぁもう帰るところだったけど」
「今? でもホームルーム終了してから結構時間経ってたよ? 何かやってたの?」
「俺が何かやってたってわけじゃないんだが……」
修也はホームルーム終了後の出来事を華穂に話す。
その結果……
「あっはははははははは!! あはははははは!!」
華穂が腹を抱えて大笑いしだした。
「いや先輩笑いすぎ」
「だ、だって……! ちょっ、待って、昼休みから数時間しか経ってないよ? なのに何でそんな面白いことが起きてるの? ホント土神くんのクラスは面白すぎるよ!」
笑いすぎて少し呼吸が荒くなる華穂。
「はぁ、はぁ……もう、笑いすぎておなか痛い……土神くんたちは私の腹筋を6つに割る気なのかな?」
笑いすぎて出てきた涙をハンカチで拭きながら華穂が修也に問う。
「いやそんなつもりは……俺もまだ転入してきて1週間そこらだが、あれがあのクラスの日常らしい」
「そ、それが……!? お願い土神くん、これ以上私を笑わせないで……!」
そう言ってベンチに座り、肩を激しく上下させる華穂。
よほど華穂の笑いのツボにクリティカルヒットしたらしい。
「ふぅ、ふぅ……あー、やっと落ち着いた」
華穂は胸元に手を置いて大きく息を吐く。
「しかしホントお嬢様っぽくない人だな先輩」
華穂の隣に腰を下ろしながらそう言う修也。
「ん? 笑い方に品が無かった? 土神くんの中のお嬢様像が崩れて幻滅したかな?」
「いや逆。親しみが持てた」
「そっか。それが聞けて安心したよ」
そう言って微笑む華穂。今の笑い方はお嬢様っぽい。
「じゃあそろそろ本題に入ろっか」
「あー……悪い、俺が脱線させまくったせいで」
「良いよ良いよ。おかげで大笑いさせてもらったから」
「で、相談って?」
「うん……」
本題に入ると、華穂の表情が少し曇った。
「土神くんは、この前転校してきたって言ってたよね?」
「ああ、1週間半前くらいかな」
「じゃあこの町についてどれくらいのことを知ってる?」
「この学校をはじめとした色んな施設が複数の資産家の出資で作られてるってことくらいかな」
「ああ、それは知ってるんだね。で、実は……その資産家の内の1つがウチなんだよ」
「うん、それで?」
さらりと言ってのけた華穂の衝撃的な発言をこれまたさらりと流す修也。
「……え、それだけ? 私、結構衝撃的なカミングアウトしたよ?」
修也のリアクションが薄いことに意外な顔をする華穂。
しかしその表情には喜びが色濃く出ていた。
「家柄がどうだろうと先輩は先輩だ。別に仲良くなるのに家柄は関係無いだろ」
「……私の周りが皆土神くんみたいな人だったら良かったのになぁ……」
そう言って寂しそうに空を見上げる華穂。
「全員がそうだっていう訳じゃないんだけどね……やっぱりいるんだよ。家柄やお金だけを見て近づいてくる人が」
「あーまぁ、いてもおかしくないよなぁ、そんな奴」
「昼間の猪瀬さんなんてその最たるものだよ」
猪瀬の名前が出たことで、華穂の表情が無機質なものになる。
「……相談事ってのはやっぱりアレのことか?」
「……うん。あの時の話なんだけどね……」
華穂は今度は視線を地面に向ける。
そして少し間を置いた後ぽつりとつぶやいた。
「あの時の話はね……私を婚約者にしてやるっていう話だったの」
「は……? はぁっ!!?」
今の華穂の発言は軽く流すことができず、修也は思わず驚いて大きな声を上げてしまうのであった。
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